各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

「ようやく帰国して運よく同じ部署になれたというのに、君は別の男と付き合っていた。つくづくタイミングが悪い男だと、自分の運のなさを呪わざるをえませんでしたね」

 課長は「ふう」とひと息をついた。

「牧村君が残念な人でよかった」
「はい?」

 思いがけないセリフに目を見張る。

「彼が君の魅力に気づかず簡単に手放してしまうような残念な男だったおかげで、俺はこれから君を心置きなく口説けます。今度こそ君を諦めない」

 グウッと喉が鳴った。

 何を言っているの⁉

「さすがに職場で迫るわけにはいきませんからね。でも今は退社後。プライベートです。ここからは誠心誠意口説かせてもらいます」

 誠心誠意って……!

「がんばり屋の君だからこそ、たまに見せる弱さが愛おしい。甘やかしたいから遠慮なくどんどん甘えて。君が泣きたいときやつらいときは必ずそばにいると誓うし、頼ってもらえるよう全力で努力するよ」

〝プライベート〟という宣言の通り、課長の口調がラフなものに変わった。
 けれどそんなことよりも、私は言われ慣れていない甘い言葉の数々に、頭がオーバーヒート寸前だ。口を開けたり閉めたりするだけでひと言も返せない。

「牧村君が君のかわいさに気づかずにいてくれて本当によかった。君の魅力を知るのは俺だけで十分だ」

 熱のこもった瞳に見つめられて、心臓が爆発しそうなほど大きく跳ねた。

 会社の期待を一身に背負うエリートで、他人の目を引きつけるほどの魅力的な容姿を持ち、性格は真面目で誠実。理想を絵に描いたような完璧な男性が――あの〝各務尊〟が私を好き? 料理下手で仕事しか取り柄のない私を?

 嘘でしょう⁉