各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

「それに俺自身も、君の指導担当についたときにはすでに海外支部への異動が決まっていたんです」

 三カ月も前から異動が決まるのは珍しい。驚く私に、彼は当時の状況を説明する。

 私の入社年度はいつにも増して新入社員を多く採用したそうだ。そのため、教育担当の人員が足りなくなった。そこで各務課長は人事に頼まれて四月に異動するだった海外赴任を三カ月延ばしたそうだ。

「告げるだけ告げようかとも考えましたが、どちらにせよすぐに居なくなるのだから、言い逃げのようなものです。そんな一方的な告白で君を困らせたくなかった。迷惑がられたくない、よい印象のまま覚えておいてもらいたい。そう考えて静かに去るのを選びました」

 彼の口から語られる五年前の彼の心境に、言葉が出ない。
 確かに当時の私はかなり困惑しただろう。けれど、尊敬する先輩に好意を持たれて嫌な気持ちになるはずがない。

 遠恋をしていた相手とは、研修終了からひと月も経たず別れた。お互いに新しい環境に慣れるので精いっぱいで、物理的な距離もあり、自然と気持ちが離れたのだ。
 別れたときには各務課長はもう海外だったので、それを知るはずがない。

 私が呆然として何も言えないでいると、彼は「ふっ」と自嘲するように笑う。

「結局格好つけていただけですね。会えない間にきっと忘れられると思ったのに、五年間経っても君への気持ちは消えることなく胸の中にありました。むしろその間に温められて、帰国した今はますます大きく成長中だ」

 なんだか信じられなさすぎて、クラクラと眩暈がしそうになる。