各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

 案内されて入ったゲストルームは、ホテルの一室といった雰囲気だった。十二、三畳ほどの部屋に、レンガ色の布張りがかわいいソファーセットと、シンプルな白いシーツのツインベッドが左右に分かれて置かれている。

 ベッドを見たとき正直ドキッとしたが、入り口に近い側がソファーセットで、ベッドまで距離がある。できるだけ視界に入れないようにした。

 私は手前に置かれたひとり掛け椅子に、課長はローテーブルを挟んで向かい側の三人掛けソファーに、それぞれ座った。

 自分から提案したくせに、私はなかなか話を切りだせない。課長は私が話しだすのをじっと待ってくれているようだ。
 せっかくゲストルームまで用意してもらったのに、これではあっという間に十分経ってしまう。腕時計をちらりと見た後、意を決して口を開いた。

「あの……観覧車でのお話は冗談ですよね?」
「観覧車での? ……ああ、君を好きだと告げたあれですか」

『好き』という単語に小さく胸が跳ねる。顔が赤くならないよう気をつけつつ、うなずいた。

「まさか。冗談でそんなこと言ったりしません」

 彼ははっきりと言ったが、あまりに淡々とした口調でまったく全然実感が湧かない。

「じゃあどうしてさっき会議室で『忘れてください』と言ったんですか? 振られたばかりのくせに課長を意識している私にがっかりしたんじゃないんですか?」

 余裕がまったくない私の直球な質問に、課長が腕組みで軽く首をかしげる。

「その続きをちゃんと聞いていましたか?」
「え?」

 目をしばたたいたら、課長が「やっぱり」と口にした。

「『会社ではこれまでと同じように上司として接します。だから仕事中は俺の告白は忘れてもらっても大丈夫。その代わりプライベートの時間をください』という話をしたのですが」

 嘘……そんな内容だったなんて……。

 告白をなかったことにされたのだと思い込み、ショックのあまり課長の話を最後まで聞いていなかった。