私は彼と毎日のように職場で顔を合わせるので、さすがにいちいち見惚れたりしない。けれど今の課長はいつもとは違っていた。

 見慣れた三つ揃えのスーツ姿ではなく、白いカットソーに黒いジャケットとグレーのテーパードパンツというラフな格好で、会社では前髪を整髪剤で半分後ろに流しているが、今は全部を下ろしている。
〝OFFモード〟の彼が自分の上司だと脳が理解するまでに数秒要したのはそのせいだ。

 テーブルを挟んで向かいに立った各務課長が、どこか切羽詰まった顔で私をじっと見る。

「佐伯さん」
「は、はい」

 意味もわからず緊張が走る。

「これから君の時間を十分もらえますか」
「はいっ」

 反射的に返事をしてからハッとした。課長は仕事で用があるときいつも『君の時間を○分ください』と前置きをする。そのくせでつい『はい』と返したものの、今は仕事中ではなかった。
 いったいなんの用が?と疑問が頭をよぎったと同時に、彼は「ありがとうございます」と私の隣の椅子に腰を下ろした。

「あの、各務課長――」
「これから、とある女性がここに来ますが、佐伯さんは黙って私の隣にいてもらえればそれで十分です」

 彼が私の言葉を遮るように早口で言う。

 大丈夫ってなにが⁉

 あっけに取られている私に畳みかけるように、課長は「ではお願いしますね」と言った。