各務課長が「君の時間を十分ください」と言った結果

『十分だけ』とは言ったものの、このまま会社の最寄り駅近くで話すのははばかられる。うっかり会社の人にでも目撃されたら、翌日から大変なことになってしまう。各務さんの社内人気は本当にすさまじいのだ。

 どこか別の場所はないかと思案していたら、課長が『それならちょうどいい場所があります』と言った。

 そこから歩くこと五分。駅前大通りから少し逸れた路地を案内されるがままついていった先。着いたのはスタイリッシュな外観の築浅マンションだった。

「あのっ、各務さん……ここって⁉」
「俺が住んでいるマンションです」

 嘘でしょ⁉

 思わず口から飛び出しかけた叫びをギリギリでのみ込んだ。
 いくらなんでも付き合ってもない男性の一人暮らしの家に、単身上がるわけにはいかない。

「各務課長のお宅にお邪魔するわけには……」

 自動扉の前で足を止めている私を振り返り、彼はなぜかスマホの画面を見せてきた。

「俺の部屋じゃなくて、一階にあるゲストルームを予約しました」

 ここまで歩いている間に予約を済ませたそうだ。月曜だから当日でも空いていたらしい。

「いきなり襲いかかったりしませんので安心してください。同意なしに無理やりどうこうする趣味はありません」

 各務課長が誠実な人だとわかっているのに、なかなか一歩が踏み出せない。

「それでも不安なら、ゲストルームのドアを開けたままにしておいてください。少しでも嫌だと感じたら走って逃げてもいいです。大声を出せば常駐している管理人が駆けつけるでしょう」

 そこまで言われて、ようやくおずおずとうなずいた。