足早に会社を出た後、私は駅までの道のりを呆然と歩く。
課長が告白を撤回したのは、きっと一時の気の迷いに気づいたからだ。
彼は恋愛も結婚も会社以外ですると言っていた。だから部下の私は彼にとって恋愛対象外のはずだ。
あの告白は〝お見合い相手を追い払うための恋人ごっこ〟という特別な状況下で、ハラハラドキドキを恋と勘違いした。いわゆる〝吊り橋効果〟だ。頭のよい彼は、きっとそれに気づいたのだろう。
これでよかったのよ……。
私だって、振られたばかりですぐ次に行くなんて軽薄な女だと思われずに済んだ。
彼はそんな意地の悪い考え方をする人ではないと、もうひとりの自分が頭の隅から訴えかけてくる。けれどその声を意識の外へ追いやった。
五年越しに自覚したばかりの恋心が、気づいた途端に行方を失った。まるで自分も迷子になったような心細さが胸に押し寄せてきて、足元を見つめながらトボトボと歩いていく。
「実花子!」
背後からの声に振り向くと、スーツ姿の男性が立っていた。
「慎士……」
サイドを短く刈り上げたツーブロックヘアがしっくりとはまっているのは、別れたばかりの元カレだ。同じ会社に勤めてはいるけれど、オフィス階が別々のせいで遭遇率は低い。おかげで別れた直後なのに『元カレとバッタリ会ったらどうしよう』とは一ミリも考えなかった。
「なんで連絡して来ないんだ」
「へ?」
ぽかんとした私を彼は思い切り睨みつけてきた。
「別れ話を一度や二度持ちかけられたくらいで引き下がるか? 普通はもっと、話し合いたいとかやり直させてほしいとかって頼み込むもんじゃないのか⁉」
想像もしていなかった言い分に、開いた口が塞がらない。
そもそもそっちが『もう連絡してくるな』って言ったんじゃないの⁉
一瞬考えたけれど口を閉じる。どちらだって同じだ。私はこの人とやり直したいとは思えないのだから。
課長が告白を撤回したのは、きっと一時の気の迷いに気づいたからだ。
彼は恋愛も結婚も会社以外ですると言っていた。だから部下の私は彼にとって恋愛対象外のはずだ。
あの告白は〝お見合い相手を追い払うための恋人ごっこ〟という特別な状況下で、ハラハラドキドキを恋と勘違いした。いわゆる〝吊り橋効果〟だ。頭のよい彼は、きっとそれに気づいたのだろう。
これでよかったのよ……。
私だって、振られたばかりですぐ次に行くなんて軽薄な女だと思われずに済んだ。
彼はそんな意地の悪い考え方をする人ではないと、もうひとりの自分が頭の隅から訴えかけてくる。けれどその声を意識の外へ追いやった。
五年越しに自覚したばかりの恋心が、気づいた途端に行方を失った。まるで自分も迷子になったような心細さが胸に押し寄せてきて、足元を見つめながらトボトボと歩いていく。
「実花子!」
背後からの声に振り向くと、スーツ姿の男性が立っていた。
「慎士……」
サイドを短く刈り上げたツーブロックヘアがしっくりとはまっているのは、別れたばかりの元カレだ。同じ会社に勤めてはいるけれど、オフィス階が別々のせいで遭遇率は低い。おかげで別れた直後なのに『元カレとバッタリ会ったらどうしよう』とは一ミリも考えなかった。
「なんで連絡して来ないんだ」
「へ?」
ぽかんとした私を彼は思い切り睨みつけてきた。
「別れ話を一度や二度持ちかけられたくらいで引き下がるか? 普通はもっと、話し合いたいとかやり直させてほしいとかって頼み込むもんじゃないのか⁉」
想像もしていなかった言い分に、開いた口が塞がらない。
そもそもそっちが『もう連絡してくるな』って言ったんじゃないの⁉
一瞬考えたけれど口を閉じる。どちらだって同じだ。私はこの人とやり直したいとは思えないのだから。



