ここのところ仕事が忙しかったのは、本社に戻ってきた各務課長が上司になったからだ。成長したところを見せたくていつも以上に張りきった自覚はある。

 やっぱり私、昔から課長に惹かれていたんだ。

 自覚した途端、自分のあまりの鈍さが恥ずかしい。口からうめき声が漏れそうになり、慌てて口を押えた。

「佐伯さん?」

 課長の声から困惑が伝わってくる。

 彼は私が気持ちを打ち明けたらどう思う?

 あの告白が夢じゃなかったなら、きっと喜んでくれるはずだ。自分の気持ちにやっと気づいたのだから、このまま告白の返事をした方がいいに決まっている。『ゆっくり考えて』とは言われたけれど、彼だって本音では早い方がいいと思っているはずだ。

 頭ではわかっているのに、いざとなったら足がすくんだようになって声が出せない。
 心臓がバクバクと大きな音を立てて、今にも口から飛び出しそうだ。

 ちゃんと伝えなきゃ!

 うつむいたまま胸の前で両手をギュッと握りしめる。震える唇を開きながら顔を上げた瞬間、先に彼が口を開いた。

「すみません。私の発言のせいで仕事をやりづらくさせてしまいましたよね。もう困らせたりしませんので忘れてください」

『忘れて』って……あの告白をなかったことに、という意味?

 頭が真っ白になった。
 課長が続けて何か言ったけれど、全然頭に入って来ない。ただ胸が押し潰されるように苦しくて、呼吸をするだけで精いっぱいだ。

「わかり……ました……」

 どうにか絞り出すようにそれだけ口にした私は、課長と目を合わさずに会議室を後にした。