「まだ五分経っていません」

 腕時計を確認したら、予定の五分までまだあと二分ほどある。

 三分って言っておけばよかった……。

 今さら後悔しても遅い。足を止めた私に彼は「お礼をさせてください」と言った。それがなんの話かすぐにわかった。

「お礼なんていりません」
「それじゃ私の気がすみません」

 間髪を入れずに返ってきた言葉に閉口する。きっとなにかお礼を要求しなければ引きそうにない。

「なんでもいいんです。物でも食事でも、そのほか私にしてほしいことがあればなんでも言ってください」
「それなら土曜みたいに――」

 続きを言う前にハッとして口をつぐんだ。

「土曜みたいに、なんですか?」

 各務さんは続きが気になっている様子だけど、言えるわけがない。『名前で呼んでほしい』だなんて。

 各務さんに名前で呼ばれたい。敬語ではなく素のままの口調で接してほしい。もっとありのままの彼を知りたい。
 
 私……各務課長が好きなんだわ……。

 そう思った瞬間、全身がブワッと熱くなった。