各務課長が私を連れていったのは、空いている会議室だった。

 長机がふたつと椅子が四脚、ホワイトボードでいっぱいになるくらいの小さな空間。観覧車のゴンドラほどではないが、狭い密室にふたりきりというシチュエーションに、自然と鼓動が速まっていく。

 私が座らず壁際に立ったままでいると、扉を閉めた彼が口を開いた。

「園田常務から正式に断りの連絡がありました。佐伯さんのおかげです。本当にありがとうございました」

 課長がきれいな姿勢で私に頭を下げる。
 私は思いがけない報告に驚きつつも、無事に役目を果たせたと胸をなで下ろした。一生懸命恋人役を演じた甲斐があったというものだ。

 その思いは心からのものなのに、胸の中には寂しさがうずまいている。彼が私を『佐伯さん』と呼んだからだ。
 ふたりきりになっても彼は上司としての態度を崩さない。話した内容はプライベートのはずなのに、口調は丁寧なまま。ここは職場で、彼と私は上司と部下。だからそれで正解だ。

 頭ではわかっているのに、どうしてもそれを寂しく感じてしまう。

 身勝手な自分を握りしめた手のひらの中で押しつぶし、顔に微笑みを貼りつけた。

「お役に立ててよかったです。……私はこれで」

 ぺこりと頭を下げ、彼の脇を通り過ぎようとしたとき、「待って」と声がかかった。