週明けの月曜日。出勤した私はいつも通りを装いながら、内心はかなりドキドキで過ごしていた。

 気づいたら各務課長を目で追っている。そのくせ目が合いそうになると慌てて逸らす。廊下の向こうに姿を見かけたときは、反射的に隠れてしまった。
 はっきり言って挙動不審だ。まさか自分がこんな中学生のような態度を取るなんて思わなかった。

 あのときすぐに断ればよかったのだ。中途半端に逃げだしたせいで、身の置き場がないような気持ちになっている。

 私をこんなふうにした当の本人はというと、相変わらずの敬語口調で、仕事に必要なこと以外口を開いたりしない。土曜日の出来事が夢だったのではないかと思えるほど、安定の〝各務課長〟だ。

 今日一日ずっと頭の中であれこれ考え、彼の動向に意識を取られていたせいで、終業時間を前にしてどっと疲れてしまった。

 なにやってるんだか……。

 仕事が手につかなかったせいで、今日の分のタスクが残っている。いつもなら残業をするところだけれど、今日はもう定時で上がることにした。ひとまず家に帰って心身共に体勢を整えたい。

 きちんと返事をしなければ課長に失礼だというのは自分でもわかっている。ただそれには、気持ちの整理が必要だ。
 終業を知らせるチャイムと同時に、私はパソコンをシャットダウンして立ち上がった。

「お先に失――」
「佐伯さん」

 後ろから掛けられた声に背中がビクッと跳ねた。ギギギギと油の切れた蝶番のようになりながら振り向く。立っていたのは、三つ揃えのスーツに整髪剤で前髪を半分後ろに流した人――各務課長だ。

「今からお時間いいですか?」
「いっ、今からですか」

 尋ね返した私に彼が「はい」と迷いのない声で言う。

 どうしよう……今からふたりきりで話すの? 用があるからと断ろうかな……。
 
 でも、そうしたらきっと周りから変に思われるだろう。上司からの呼び出しを蹴って帰るなんて、先週までの自分ならありえない。

 過去の〝仕事命〟だった自分に足を引っ張られている。

 大丈夫、ここは職場よ。〝各務課長〟なら、仕事に決まっている。

 必死に自分を落ち着かせながら、おずおずと口を開く。

「五分……だけなら」

 念のため保険を掛けた。