聞こえた言葉の意味がわからない。目をしばたたいたら、頬に手を当てられた。色気に満ちた瞳に至近距離で見つめられたまま、親指の腹で下唇のきわをなぞられる。

「好きな人にはいつでもキスをしたいと思っている不埒な男は嫌い?」

 心臓が止まりそうになった。まさか……課長が私を好きなんてありえない。

「そっ……そういうのは本気のお相手だけにしてください」
「ああ、もちろんそのつもりだけど?」

 彼がにこりと微笑む。余裕しゃくしゃくといった様子に、頬がカッと熱くなった。

「からかうのはやめてください!」
「からかったつもりはない」

『いいかげんにしてください』と言おうと口を開いた瞬間。

「君が好きなんだ」

 息をのんだら喉がヒュッと音を立てた。

 今、なんて……。

 頭が真っ白になって動きを止めていると、カタンとゴンドラが揺れた。扉の外に係員が立っていてハッとする。いつの間にか地上についていたのだ。

 開けられた扉から各務さんが先に降りる。続いて私も下りようとしたところで、外から手が差し出された。
 まるでおとぎ話の王子様のようなエスコートに、胸が否応なしに甘い音を立てる。恐る恐るそこに自分の手を乗せ、私もゴンドラから降りた。

「今日はありがとう。さっきの返事はゆっくり考えてほしい」

 私が黙ってうなずくと、彼はそれ以上しつこく何か言ってきたりはしなかった。
『送って行く』という彼の言葉を固辞し、私は思考停止したままの頭で、なかば逃げるようにして帰路についたのだった。