そこまで考えてから、はたと気づいた。
 もしかしたら各務さんは、あのとき本当はホテルに入ろうとしていたのかもしれない。部屋ではなくとも、エントランスやラウンジなど、後から入ってきた人が見える場所なら、園田嬢が来ればわかる。けれど私の不安に気づいて、急遽こちらに変更したのかもしれない。

 自分は高所が怖いのに、私のためを思って……?

 胸の奥がじわりと熱くなった。左肩にかかる重みが、途端に愛おしく感じる。
 トクントクンと鼓動が脈打つ音を聞きながら、そっと彼の頭に手を置く。思ったよりも柔らかく、想像以上にサラサラだ。そおっと撫でたら、ピクリと彼の体が跳ねた。

 視線を上げた彼と目が合った。上目使いに心音が加速する。課長は私の肩からゆっくりと頭を持ち上げた。

「ごめん。キスだと勘違いさせたかな」

 薄っすらと微笑んだ彼に、ドキッとした。彼はあえて〝キス〟という単語を出して、私を動揺させようとしている気がする。図星だったが、それを馬鹿正直に答えるわけにはいかない。

 どうも彼は、私がOJT時代の二十代そこそこの小娘のままだと思っているらしい。私だってそれなりに場数を踏んできた二十七歳の大人の女だ。いいかげんにそれをわかってもらわなければならない。

「まさか。〝尊さん〟は好きでもない人にキスをするような、不埒な人間ではないでしょう?」

 冗談めかした牽制。これぞ〝大人の女〟だわ。
 我ながら上手に切り返せたと、内心で満足していたとき。

「好きでもない人ならね」
「え……」