「料理だって下手なんかじゃ全然ない。もちろん完璧かと言われたら、そうとは言い難いが、それはこれからの伸びしろだ。実花子が本気を出せば、きっと今の何倍も上手になるさ」

 いくらなんでもそれは買いかぶりすぎです。そう言おうとするも、彼は私に口を挟む隙を与えない。

「だからといって全部を完璧にこなそうとしなくていいんだ。仕事でもそうじゃなくても、困ったときはいつでも俺を頼って」
「各務課長を?」

 仕事では上司である各務課長を頼る場面もあるけれど、プライベートではさすがに無理だ。今回のことを負い目に感じる必要はない。それを伝えようと口を開きかけたところで、彼が突然私の隣に座った。体の左側が密着するほどの距離に心臓がせわしなくなる。

「尊」
「え」
「今の実花子は俺の恋人だろ?」

 ドキッとした。

「でも……ここはふたりきりで……」

 園田嬢がいないのだから恋人の振りをする必要はない。

「ああ、ふたりきりだ」

 そう言った彼は、じっとわたしを見つめる。奥二重の涼やかな瞳に、熱のこもった光が揺らめいている。その光に捕らえられたように身じろぎすらできず、近づいてくる瞳に息を詰めた。

 キス……される⁉

 ギュッと目をつむった次の瞬間、肩口にコツンと重みを感じた。恐る恐るまぶたを持ち上げると、黒くてサラサラの髪がある。彼は私の肩口に額を置いて、目を閉じている。

「ごめん、五分間だけこのままで……」

 よく見ると課長の顔に血の気がない。

「もしかして、高いところが苦手とか……」

 半信半疑で尋ねると、肩に乗った頭がちいさくうなずいた。

「かっこ悪いよな」

 苦り切った声に私は急いで首を左右に振る。誰にでも苦手なもののひとつやふたつくらいある。でもそれならどうして、わざわざ苦手な観覧車に乗ったりなんて――。