十月の最後の土曜日。
 私、佐伯実花子(さえきみかこ)は、カフェのテラス席から道の向こうをじっと見ていた。

 来たときはウッドデッキ上にたっぷりと日差しが注いでいたのに、今は開閉式テント屋根の陰になってしまった。潮の香りがする秋風が、スカートの足元を冷やしていく。

 店内に移動しようかと思ったが、続々と入店してくるお客で席が埋まりつつある。
 恋人の牧村慎士(まきむらしんじ)とここで待ち合わせをしているので、別の場所に行くわけにもいかない。

 慎士とは付き合ってそろそろ一年になる。
 彼は私が勤めている文具メーカー『株式会社MAO(マオ)』のひとつ後輩だ。彼は営業部で、私は企画部。私の入社同期からの紹介で知り合い、向こうから『付き合ってほしい』と言われて交際が始まった。

 今日は一ヶ月ぶりのデート。二週間前に慎士からの誘われたものの、仕事が山場だったため泣く泣く断ったのだ。そのお詫びもあって、今回はいつも以上に張りきってデートのセッティングをした。

 目的地は大型の海浜公園だ。過ごしやすい気候が続いているので、〝自然を感じながらのんびりデート〟というコンセプトにしてみた。

 もちろん自分自身の準備も抜かりない。

 買ったばかりのオフホワイトのロングバルーンスカートに、ざっくりとした編み目のキャメル色ニットを合わせ、足元は歩きやすいショートブーツだ。
 二十七歳にしてはちょっとかわいすぎたかもしれない。だけど彼に『かわいい』と思ってもらえるほうが大事だ――と自分に言い聞かせている。

 私は眉尻がほんの少し上向いた和風顔のため、ともするときつく見られがちだ。少しでも柔らかい印象になるようにメイクをし、マロンブラウンに染めたロングヘアは軽く巻いてハーフアップにした。先週美容院でトリートメントをしてもらったおかげで、艶もまとまりもバッチリだ。

 私がカフェについたのは九時五十分。待ち合わせの十分前だった。時刻はすでに十一時を回っている。
 それなのに、一向に慎士が現れる気配はない。連絡も取れない。