【第4話 恋の仮面と、夢の取引】

〇片瀬家・海外の別荘/高級セダン車の車内・同時刻(澪を送り届けた後)
夜の海外。
片瀬家の別荘のリビングには、クラシック音楽が静かに流れている。
樹の両親が、スマホのビデオ通話で息子と話している。
樹の母(スマホを手にしながら)「この子が、披露宴で一緒にいた子ね。とっても素敵な子じゃない」
樹の父(ソファに座りながら)「ふむ……この写真、業界の知人からも送られてきたぞ。“ついに片瀬の御曹司が婚約者を連れてきた”ってな」
母「樹、この子と、どこで知り合ったの?」
樹(車内でスマホを見ながら)「偶然だよ。だけど……やっと見つけた子なんだから、絶対苛めないでくれよ?」
母「そんなこと、するわけないでしょ~。私はどんな子でもウェルカムよ」
父(頷きながら)「今度の帰国のときには、ぜひ会わせてくれ」
樹「……ああ、紹介するよ」
樹が両親とのビデオ通話を切る。
運転席の水島が、ルームミラー越しにちらりと樹を見る。
水島「……本気なんですね?」
樹(微笑んで)「ああ。外堀は、埋めておかないとな」
水島「相変わらず、策士ですね」
樹「強引にいっても、彼女は振り向かない。だからこそ、ちゃんと中身を見てほしいんだよ」
水島「……なるほど」
樹はスマホの画面を見つめる。
そこには、披露宴で澪と並んで写るツーショット写真。
澪の笑顔に、ふっと目元が緩む。
樹(心の声)「君が隣にいる未来を、俺は本気で描いてる」


〇大学・講義室・夕方
澪が授業を終え、スマホを確認する。
画面には「不在着信(5件)」の表示。
発信元は【片瀬 樹】。
澪(眉をひそめて)「……また?」
同じ授業を受けた千穂が隣の席から覗き込む。
千穂「なんかあった?」
澪「ううん……知り合いから何度か電話来てるだけ。ちょっと前に会った人」
千穂「え、誰? もしかして、あの披露宴の……?」
澪「うん。でも、もう用事は終わったし。別に話すこともないから、出てない」
千穂「えぇ~、でも何回もかけてくるってことは、何かあるんじゃない?」
澪「……かもね。でも、今は授業優先だし。放っておけばそのうち諦めるでしょ」
澪はスマホをバッグにしまい、千穂と一緒に教室を後にする。
澪(心の声)「披露宴のことも、ホテルのことも、もう終わった話。……あの人は、ただの“知人”。住む世界が違いすぎるんだよね」
けれど、澪の歩調がほんの少しだけ遅くなる。
バッグの中のスマホが、なぜか気になって仕方がない。


〇大学・正門前・数日後の昼過ぎ
授業が午前中で終わった澪が正門へ向かうと、学生たちが正門付近でざわついている。
学生A「え、またあの車……」
学生B「片瀬グループの副社長って噂、マジだったんだ」
学生C「え、あの人……澪ちゃんの知り合い?」
会話する学生の一人と知り合いの澪は、声をかけられ無意識に眉間にしわを寄せる。
黒の高級車の横に立つ樹と、澪の視線がぶつかる。
樹「やっと会えた」
澪「……また来たんですか」
樹「お願いがある。暫くの間、俺の“婚約者”のふりをしてくれないか?」
他の学生たちに聞こえないように澪の耳元で囁く樹。
澪(心の声)「……また?」


〇大学近くのカフェ・昼過ぎ
落ち着いたカフェのテーブル席。
澪と樹が向かい合って座っている。
澪「……冗談ですよね?」
樹「ちゃんと見返りは用意してある」
樹は、リニューアル予定のセミスイート数部屋を、澪のデザインで期間限定監修してもらうと提案する。
樹「卒論に使っても構わない。もちろん、君の名前で発表していい」
澪(心の声)「学生の身分で、監修なんて……普通はあり得ない。でも、夢に近づけるチャンスが、目の前にある。ふりって言ったって、きっとこの間みたいな感じだろうし、この機会を逃したら、絶対後悔しそう」
澪「……わかりました。引き受けます」
樹「ありがとう。じゃあ、早速だけど、週末は空けておいて」


〇片瀬グループ・グランピング施設・週末・昼
自然に囲まれたグランピング施設。
澪が車から降りると、木々の香りと風の音が心地よく響く。
澪「もっとセレブな場所かと思った…」
樹「俺だって、ずっとスーツ着てるわけじゃない」
施設内には、木製のデッキやテント、焚き火スペースが整備されており、洗練された自然美が広がっている。
釣り場で、餌に戸惑う澪を、樹がさりげなくフォローする。
澪「……意外と、自然が似合うんですね」
樹「昔、祖父に教わったんだ。日常が慌ただしいから、こういう時間、嫌いじゃない」
澪(心の声)「この人、思ってたよりずっと……自然体で、優しい」


〇グランピング施設・焚き火スペース・夕方
焚き火の炎がゆらめく中、澪と樹が並んで座っている。
マグカップから立ちのぼる湯気と、パチパチと燃える音が心地よく響く。
澪がスマホのアルバムを開きながら、夢を語る。
澪「沖縄で見た染織の色合いが忘れられなくて……。伝統って、ただ古いものじゃなくて、今の暮らしに馴染む形で残していけると思うんです」
樹「君の目線で語る“和”の世界、俺は好きだよ」
澪「……でも、まだまだ勉強不足で。怖いんです、間違った形で伝えてしまうのが」
樹「その“怖さ”を持ってる君だからこそ、本物になれるんだと思う」
澪(心の声)「……この人、ちゃんと私の言葉を受け止めてくれる」
澪が空になったカップを見つめていると、樹が黙って立ち上がり、ポットから珈琲を注いでくれる。
澪がカップを手渡す時、樹の指先が澪の手に触れる。
一瞬、二人の視線が重なる。
澪「……ありがとうございます」
澪(心の声)「……今、手が触れた。なのに、自然すぎて……余計にドキドキする」
樹「君が話してる間、ずっと目が輝いてたから。もっと聞きたくなった」
澪(心の声)「……この人、優しい。気づかいも自然で、なんだか……心地いい」
樹「俺も、今ちょうど新しいプロジェクトが動き始めててね」
澪「プロジェクト?」
樹「地元の素材を使った宿泊施設の展開。高級志向だけじゃなくて、もっと気軽に楽しめる場所を作りたい。地産地消、SDGsも意識してる。日本の文化って、世界に誇れるものがたくさんある。それを、もっと多くの人に届けたい」
澪「……すごい。そんなことまで考えてるんですね」
樹「家業を継ぐって、ただ守るだけじゃない。変えることも、未来をつくることも、責任のうちだと思ってる」
澪(心の声)「肩書きだけじゃない。ちゃんと地に足をつけて、未来を見てる人なんだ……」
焚き火の炎が、2人の横顔を優しく照らす。
風が吹き、澪の髪がふわりと揺れる。
澪(心の声)「……なんだろう、この感じ。安心する。もっと、話していたいって思ってる自分がいる」


〇車内・帰り道・夜

澪ははしゃぎ疲れて、うとうと……そのまま眠ってしまう。
樹は運転席で静かにハンドルを握りながら、澪の寝顔を度々ちらっと見る。
樹(心の声)「……君の隣にいると、時間がゆっくり流れている気がする」


〇倉本家・門塀の前・深夜1時過ぎ
高級セダンが倉本家の前に到着。
樹がドアを開け、澪がゆっくりと降りる。
澪「……寝ちゃってて、すみません」
樹「起こすのも悪いと思って」
澪「……今日は一日、ありがとうございました。楽しかったです」
樹「それならよかった。俺が撮った写真、あとで送る」
スマホを手にして、笑顔を見せる。
樹「しばらく仕事が立て込むから、会えないかもしれない」
澪「……そうですか」
樹(微笑んで)「でも、会いたくなったら、君から電話して」
澪「えっ、私から…?」
樹「うん。君の声、聞けたら嬉しいから」
澪(心の声)「電話……私から? そんなこと、今まで考えたことなかった。でも……」
澪がスマホを見つめる。いつ必要になるか分からないからと、婚約者として二人で楽しんでいる写真を何枚も撮ったのを思い出す。
澪(心の声)「……もし、次に会えたら。もっと、彼のことを知りたいって思うかもしれない」