【第3話 嘘と婚約と、夢のドレス】

〇大学・講義室・夕方
澪が授業を終え、スマホを確認する。
画面には相変わらず「不在着信」の履歴が何件も並んでいる。
澪(眉をひそめて)「……また? しつこすぎない?」
千穂が隣の席から覗き込む。
千穂「なんかあった?」
澪「知らない番号からずっとかかって来てるの。まぁ無視してるんだけど」
澪モノローグ 「知らない番号に出るほど、暇じゃないし――」
千穂「出てみたら?思い込みの間違い電話かもよ?」
澪「えぇ~、不気味じゃん。怖くてやだよ」
千穂「まぁ、そうだよね」
スマホをバッグにしまい、千穂と一緒に教室を後にする。


〇大学・正門前・数日後の昼過ぎ
昼下がりのキャンパス。
午前中だけの授業の澪が、授業を終えて正門へと向かっていると、何故か学生たちが集まってがざわついている。
学生A「え、誰あれ……?」
学生B「やば、あの車……超高そう……」
学生C「芸能人? いや、モデル?めっちゃカッコよすぎじゃね?」
黒の高級車が正門前に横付けされている。
その横に立つのは洗練されたスーツを着こなす、長身で眉目秀麗の片瀬 樹。
周囲の視線を一身に集めている。
澪(心の声)「なにこの騒ぎ……? 撮影か何か……?」
澪が正門をくぐった次の瞬間、樹とバチっと目が合った。
樹「やっと会えた」
澪「……えっ」
樹に『少し話がしたい』と言われ、澪は行きつけのカフェに樹を誘う。


〇大学近くのカフェ・昼過ぎ
落ち着いたカフェのテーブル席。
澪と樹が向かい合って座っている。
澪は緊張した面持ちで、手元のカップに視線を固定し、状況を把握しようと必死で考える。
樹「沖縄の日ぶりだね」
澪「あの時は、大変お世話になりました」
樹「合コンの日も、君だったんでしょ?お姉さんから聞いたよ」
澪「っ……。あの合コンは、姉の代わりで行きました。嘘をついて、ごめんなさい」
樹「別にそれに関しては気にしてないから」
澪「いつ、気が付きました?」
樹「合コンの時に、少し違和感があったけど。沖縄で、確信した」
澪「……怒ってますか?」
樹「フフッ、姉妹揃って同じ反応なんだな」
澪(驚いたように顔を上げる)「へ?」
樹「今週末、友人のパーティーがあるんだが、同伴してくれないか?」
澪「……私が?」
樹「君にしか頼めない」
樹は澪を真っすぐ見据え、その反応を楽しむ。
樹「沖縄で、助けてあげたよね?」
澪「っっ……」ジュニアスイートに無料で宿泊させて貰った記憶はまだ新しい。
さすがに即断できるほど、肝が据わっているわけではないから……。
澪「……分かりました。でも、服とかアクセサリーとか、何も持ってませんよ?姉に借りられるか、聞いてからでもいいですか?」
樹「それなら心配ない。俺の方で全て手配するから」
澪「……それなら」
致し方なく、逃げることも隠れることも出来そうにないので、渋々澪は了承した。
樹「これ、俺の携帯番号」
澪「……あっ……」
完全無視していた例のあの不在着信の相手が彼だと判明し、さらに申し訳なさのような気持ちになる澪。
名刺も差し出されてしまい、仕方なく、『片瀬 樹』と登録した。


〇片瀬グループ高級サロン・パーティーの日、夕方
煌びやかな照明の中、澪がドレスアップされていく。
メイクスタッフが手際よく髪を巻き、艶気のあるチェリー色のリップを引く。
ドレッサーの上には、ハイブランドのバッグと香水が並んでいる。
水島(樹の秘書)「片瀬の“特別なお客様”として、こちらを預かっております」
水島が澪の前にジュエリーケースを差し出す。
中には、ピンクダイアがあしらわれたネックレスとピアスとアンクレットのセット。
清楚で上品なドレスに身を包んでいる澪にサロンスタッフがジュエリーをつける。
鏡に映る自分に驚く澪。
澪(心の声)「これが……私?まるで、おとぎ話の中に迷い込んだみたい」


〇都内の高級ホテル・披露宴会場・夜
煌びやかなシャンデリアが輝く、格式高い宴会場。
澪は樹にエスコートされ、樹の腕に腕を絡ませ、ゆっくりと歩く。
周囲の視線が一斉にふたりに集中する。
セレブ女性A「片瀬さんの恋人? 初めて見たわ」
セレブ男性B「すごく綺麗な子だな……」
樹は澪の歩幅に合わせてゆっくりと歩き、指定されたテーブル席へと澪をエスコートする。
澪(心の声)「慣れないピンヒールで緊張するし、めちゃくちゃ見られてるんだけど……」
パーティー開始直前ということもあって、かなりの人数がいる会場。
あちこちから声をかけられるが、樹がそれらを軽くかわしながら、席に到着。
樹がさりげなく椅子を引いてくれ、自然に座ることができた澪。
澪(心の声)「これが……レディーファースト? こんな風に扱われるなんて……、まるで、本物の婚約者みたい。この人の隣りにいると、なぜか安心する」
樹と澪が出席したのは、片瀬グループのライバル会社の御曹司である松坂 雄心(ゆうしん)の結婚披露宴だった。


〇同ホテル、披露宴会場・披露宴後半
キャンドルサービスで各テーブルを回り始めた新郎新婦。
樹がいるテーブルに近づくにつれ、隣に座る澪に雄心の視線が向けられる。
その目は、どこか探るようで、澪は自然と背筋を伸ばした。
雄心「婚約者がいるって、本当だったんだな」
樹「だから、言っただろ」
雄心「付き合ってる子がいるなんて知らなかったから、てっきり口だけかと」
樹「……誰にも見せたくなかったんだ。君が隣にいる姿は、俺だけのものにしておきたかった」
樹が澪の瞳を真っすぐと見つめる。
低く落ち着いた声が、澪の耳に届く。その一言に、胸の奥がきゅっと鳴った。
澪(心の声)「……そんなふうに思ってくれてたの?これも演技よね?」
雄心は樹から澪に視線を移し、新婦とともに軽くお辞儀をする。
樹に促されるように、澪も会釈を返した。
澪「……倉本 澪です。ご結婚おめでとうございます」
澪(心の声)「名前、言ってよかったのかな……でも、彼が隣にいると、不思議と怖くない」
雄心「初めまして。樹の友人の松坂 雄心です。今日は楽しんでいってね」
澪「……ありがとうございます」
樹「ご結婚、おめでとうございます。お幸せに」
雄心「有難く頂戴しとく」
雄心は軽く笑って言う。
新郎新婦がテーブルのキャンドルに火を灯す。
雄心「じゃあ、またあとで」
樹「おぅ」
澪(心の声)「数日前に知り合ったばかりなのに、まるでずっと前から一緒にいるみたい……。でも、あの言葉――“俺だけのものにしておきたかった”って―― あれが演技じゃないなら、私……」


〇倉本家、門塀の前、22時過ぎ。
披露宴会場から澪の自宅に到着するまで車内は無言。
披露宴の写真がSNSで拡散されたらしく、樹のスマホには『婚約者って本当?』というメッセージが続々と届いていた。
樹は眉をひそめながら返信を打ちつつ、澪の横顔に視線を向ける。
樹(心の声)「……まさか、ここまで広がるとはな。親父たちの耳に入るのも時間の問題か」
樹と澪を乗せた高級セダン車が倉本家の玄関前に到着する。
高級セダンの後部座席のドアを開ける運転手の水島(樹の秘書)。
ピンヒールを履いたすらりとした澪の足がドアの隙間から現れる。
車から降りた澪に着替え一式が入った紙手提げを手渡す水島。
開いているドアの隙間から、顔を見せる樹。
樹「今日はありがとう。助かったよ」
澪「こちらこそ、ありがとうございました。なるべく早くに服をお返ししますね」
樹「あぁ、それは買い取ってるから、君にあげるよ」
澪「へ?」
樹「今日の報酬だと思って」
澪「いや……、沖縄の御礼がしたかっただけなので……」
樹「あれは俺が勝手にやったことだから、もう時効だよ」
澪(心の声)「こんな高価なもの受取れないよ……。バッグだけでも数十万しそうなのに」
樹「じゃあ、またね」
澪「あっ……、おやすみなさい。……もう会うことはないと思いますけど」
樹(微笑んで)「きっと、またすぐに会えるよ」
水島が後部座席のドアを閉める。
澪の自宅前から、樹を乗せた高級セダン車が去ってゆく。
樹の言った意味がわからず戸惑いながらも、何故か、その言葉が胸に残る澪。