【第1話 波際のプリテンダー】

〇倉本家・澪の部屋・夜
木の温もりを感じる和モダンな部屋。
机の上にはスケッチブック、和柄の布見本、色鉛筆が広がっている。
澪はペンを走らせながら、真剣な表情で図面を描いている。

(ヒロイン:倉本 澪)黒髪ストレートで前髪は自然に流している。
派手さはないが、肌の透明感と目元の柔らかい印象が“和の静けさ”を感じさせる顔立ち。
姉の古都とは骨格やパーツの配置がほぼ同じで、メイクやヘアスタイル次第で見分けがつかなくなるほど。
普段はナチュラルメイクで地味めだが、和柄の布や自然素材に囲まれていると、空間と調和するような存在感を放つ。
ドレスアップすると、“静かな華やかさ”が際立ち、まるで和モダンな空間に咲く一輪の花のよう。

澪モノローグ 「“伝統文化を、現代の暮らしに”。 それが、私の目指すインテリアデザイン」
ドアが勢いよく開く音。
古都(ドアの外から)「澪~~~! 助けて~~~!!」
姉の古都がスーツ姿のまま、ノックもせずに部屋に飛び込んでくる。
両手を合わせて拝み倒す古都。
古都 「お願い! 合コン、代わりに行ってくれない!?」
澪(顔をしかめて) 「……は?」
古都(必死に)「急な出張入っちゃってさ~。でも幹事なの。ドタキャンできないのよ~!」
澪「無理。興味ないし」素っ気なく言う。
顔を上げて、にやりと笑う古都。
古都 「日給三万円、出す!」
澪の手が止まる。目線がスケッチブックから姉へと移る。
澪「……三万?」
古都「うんうん、三万円!それに、凪沙(古都の親友)にヘアメイク頼んであるから。服も貸すし、ね?」
澪モノローグ 「三万円あれば……沖縄セミナーの費用、結構助かるなぁ」
澪、しばし沈黙。視線を落とし、ペンを握る手に力が入る。
澪(小声で) 「……一晩だけだよ?」
古都(満面の笑みで) 「さっすが澪様! 愛してる~!」


〇凪沙の部屋・合コン当日・夕
白を基調とした、洗練されたインテリアの部屋。
ドレッサーの上には、艶やかなリップやパールのアクセサリーが並ぶ。
普段の澪なら絶対に選ばないような華やかなアイテムたち。
凪沙(メイクをしながら) 「このリップ、古都とお揃いのやつ。澪ちゃんも似合うと思うよ」
澪(不安げに)「……派手すぎない?」
凪沙「大丈夫。澪ちゃん、素材はいいんだから。ちょっと盛るくらいがちょうどいいの」
鏡の中の澪。巻き髪に、上品なワンピース。
ヒールの高さに不安げな視線を落とす。
澪モノローグ 「ヒールなんて履いたの、いつぶりだろう。 スカートも、こんなにひらひらしたのは初めてかも。……でも、今日だけ。バリキャリの姉(メガバンクに勤務)になるって決めたんだから」
凪沙「じゃ、行こっか。大丈夫、澪ちゃんなら絶対バレないって」


〇片瀬グループ系列ホテル・レストラン個室・夜
高級感あふれるレストランの個室。
シャンデリアの灯りが、グラスに反射してキラキラと揺れている。
長テーブルの向こう側には、4人の男性陣が並ぶ。
引きの構図で、彼らの“スペック”が一目で伝わる絵。

(合コン相手の男性陣)
医師:お洒落な上質のスーツに身を包み、腕にはさりげなく高級腕時計。穏やかな笑顔の奥に、医師としての自信が滲む。
弁護士:かっちりとした三つ揃えのスーツ。銀縁眼鏡の奥の鋭い眼差しが、場に緊張感を与える。
人気トレーダー:トレンド感のあるジャケットにノータイ。軽妙なトークで場を盛り上げるムードメーカー。
ホテルマン(大手ホテルグループ片瀬の御曹司・樹):黒のスーツを完璧に着こなした、静かな存在感。無駄のない所作と、鋭い眼差しが印象的。

(ヒーロー:片瀬 樹)明るすぎないブラウンの髪を軽くラフにアレンジしたような自然なスタイルで、スーツにも抜け感がある。
切れ長の目と整った横顔が印象的で、立っているだけで空間が引き締まるような存在感。
低めの落ち着いた声と所作の美しさが魅力的。
ふとした瞬間にネクタイを緩める仕草や袖口を整える動作に、育ちの良さと洒落感が同居している。

男性陣が挨拶をする。
凪沙と他二人の女性陣(古都の友人、澪が古都の代わりをしているのは承知している)「宜しくお願いします――」
それぞれに挨拶をしていく。
澪(姉として)「はじめまして。古都(こと)です」
人気トレーダー「古都って、可愛い名前だね」
澪「……そうですか?」
澪モノローグ 「うわ……全員、スペック高すぎ……。なんか、こういうの苦手。 “条件”で人を選ぶみたいで、息が詰まりそう」
樹は正面に座る澪をじっと見つめている。
その視線に気づき、澪は一瞬だけ目を合わせ、すぐに逸らす。
澪(心の声)「この人……なんか、苦手なタイプかも」


〇レストラン個室→通路・合コン開始から30分ほど後
澪のスマホが震える。
画面には「千穂」の名前と「彼氏、また浮気してた」のメッセージ
澪(心の声)「……また?」
澪(席を立ちながら)「すみません、お手洗いに行ってきます」
人気トレーダー「どうぞどうぞ」


〇ホテル内・レストラン通路
ビロード地の絨毯の通路には、優しい音色のピアノの演奏がBGMで流れている。
壁には間接照明が灯り、高級感の中にも落ち着いた雰囲気。
澪がスマホを耳に当てて通話中。相手は親友・千穂。
澪「メール見たよ。また浮気されたの?だから言ったじゃん、車の中が汚い男はだらしないって」
千穂(電話越し)「うぅ……やっぱりそうだよね……」
これまでもダメンズばかりに引っかかっている千穂。
澪「食べ物の味に文句つける人もダメ。見た目だけで選ぶからそうなるの。いい加減、いい勉強になったでしょ」
澪「ほんと、なんでみんな中身を見ないんだろう。私は……中身を見てくれる人と、ちゃんと向き合いたいなぁ」
無理やり会場を提供させられた樹。
合コンに興味はなく、仕方なく初めの方だけ参加することになっていた。
合コン会場を抜けた樹は、澪の会話を少し離れた場所で聞いている。
樹(心の声)「中身を見てくれる人、か……」
一瞬、記憶の奥に沈んでいた過去がよみがえる。


〇(樹の回想)都内の高級レストラン・夜(数年前・元カノと付き合い始めて少し経った頃)
シャンパングラスを傾ける女性。
元カノ(微笑みながら)「だって、片瀬グループの御曹司なんでしょ?それって、凄いことじゃない」
樹(心の声)「あの時、俺の名前や家柄しか見てなかった。俺自身なんて、最初から必要なかったんだ」
宝くじを引き当てたみたいな口ぶりの元カノに引く樹。


〇(回想終わり、現在)ホテル内・レストラン通路
澪の声が、樹をふと現実に引き戻す。
澪(電話越し)「うん、そうだね」
澪の背後から、酔った男性客が千鳥足でふらつきながら近づいてくる。
澪(気づかず)「……じゃあ、また明日ね」
酔客がふらりと澪にぶつかりそうになった、その刹那。
樹「危ない」
樹が澪の腕を引き、彼女を自分の胸元に引き寄せる。
澪の頬が、樹のスーツに触れる。
彼の香水の香りと、鼓動の音がすぐ耳元に響く。
澪「――っ!」
澪(心の声)「……なにが起きたの?」
樹「大丈夫?」
澪「……はい。……ありがとうございます」
樹は何も言わず、澪をそっと離す。
樹「酔ってる人もいるから、気をつけてね」
樹はそのまま、何事もなかったかのように立ち去っていく。
澪、呆然とその背中を見送る。
澪(心の声)「……やっぱり、苦手。でも、なんでだろう。ちょっとだけ……安心感があったような……?」


〇沖縄・片瀬グループリゾートホテル・セミナー会場・昼
南国の光が差し込む、開放感あふれるセミナー会場。
窓の外には青い海と白い砂浜が広がっている。
澪は真剣な表情でセミナー講師と話している。手には資料とスケッチブック。
澪「沖縄の染織って、色の重なりが独特ですよね。現代の空間にどう活かすか、ずっと考えてて……」
講師「面白い視点ですね。ぜひ、卒業制作に活かしてみてください」
澪の目がきらきらと輝いている。
周囲の学生たちも、澪の熱意に引き込まれている様子。
澪モノローグ 「夢のような時間。 ここに来てよかった。私、やっぱりこの道に進みたい」


〇同ホテル・ロビー・同時刻
フロントの奥から、片瀬樹が現れる。
スタッフと数人で歩きながら、ホテルの様子を視察し始めている。
スタッフ「こちらが新設予定のラウンジスペースです」
樹「光の入り方はいい。あとは動線とインテリアの配置を再検討して」
その後もスタッフ交えて視察を行う樹。
ふと、セミナー会場の看板が目に入り、足を止める。
開かれたドアの隙間から、澪の姿が目に入る。
タイトスカートにシンプルなブラウス、ナチュラルメイク。
合コンの時とはまるで別人。
スケッチブックを抱えて、講師と熱心に話しているのを暫し眺めている。
樹(心の声)「……メガバンクに勤務してるって言ってたよな。何故、このセミナーに?」
違和感を覚えた樹は首を傾げる。


〇同ホテル・セミナー参加者用客室・
広々としたダブルツインの客室。
オーシャンビューの間取りで、アメニティも高級品。
澪と同室の高野 優愛(同じゼミ・21歳)、会社経営の父親を持つ。
今回のセミナーのリーダー核の女子で、父親のコネを使って、セミナー会場であるホテルに宿泊できる手配をした人物。
澪がホテル内のコンビニに行こうと、スマホと財布を手にする。
優愛がワイングラスを片手に、澪を一瞥。
優愛「……あんたさ、講師に褒められてたね。“視点が面白い”って」
澪「え?……ちょっとだけだよ」
優愛「“ちょっと”じゃないでしょ。あんなに熱心に話してたじゃん。……正直、悔しかった」
澪「……」
優愛「私、いつも“見栄え”とか“流行”とか、評価されるために、そういうのばかり気にして来た」
澪「……」
優愛「でも、あんたのは違う。なんか、ちゃんと“伝えたいもの”があるって感じ。……なんか、羨ましい」
澪「……私だって、伝統文化を間違えて捉えてないか、いつも不安だし、怖いよ?」
優愛「……そっか。あんたも不安になることがあるんだ。じゃあ今度、あんたの好きなもの教えてよ」
澪「え?……あぁ、うん、いいよ」
澪がドアに手をかけた、その時。
ピンポーン、と部屋のドアベルが鳴る。
優愛がグラスを置き、ぱっと表情を変えた。
優愛「来た来た♡」
優愛がドアを開けると、セミナー参加者の男子学生がにこやかに立っている。
男子学生「やっほー、遅くなってごめん」
優愛「ん~、待ってたよ~」
澪が気まずそうに壁際に避ける。
男子学生が室内に入る。
澪「……じゃあ、私、少し外すね」
優愛「あ、ちょっと待って」
優愛は澪の顔に近づいて、小声で話す。
優愛「ここの部屋代、ほとんど私が出してるんだからさ。ちょっとくらい、時間に融通きかせてよ」
澪は、一瞬だけ言い返しそうになるが、言葉を飲み込む。
澪「……わかった」
そっと部屋を出る澪。
廊下に出た瞬間、深いため息をつく。


〇ホテル・浜辺・夜
夜の浜辺。
月明かりが波に反射して、白く光っている。
澪が体育座りで波を呆然と見つめている。
澪モノローグ 「せっかくのセミナーなのに……なんで、こんなに思いをしないとならないんだろう」
海風に身を委ねながら、波の音に耳を澄ませ、非日常的な沖縄の夜を肌で感じる。
憧れていた講師の人と会話したこともあって、緊張と疲れがどっと出る澪。
心地いい風を感じながら、いつの間にか、そのままの体勢で寝てしまう。
樹「危ない」
澪「……ひゃっ」
いつの間にか波が澪のところまで満ちて来ていて、すんでのところで樹が抱き上げた。
澪の身体がふわりと浮き、樹の腕の中にすっぽりと収まる。
樹の革靴が波にのまれ、がっつりと濡れる。
樹「君がなぜ、“ここ”にいる?」
澪「……へ?」
リゾートホテルの外灯に照らされ、お互いの顔がはっきりと分かる。
自分を抱き上げたのが合コンで出会った彼だと分かり、お姫様抱っこされているのも、顔見知りだというのもあって、大パニックを起こす澪。
樹「メガバンク勤務じゃなかったか?」
澪(必死に目をそらしながら)「っ……人違いじゃないですか?」
澪はまだ確信を持ってないと思い、しらを切ることにした。
樹は微笑むが、目は鋭く澪を見つめている。
樹(心の声)「口調も、仕草も……やっぱり、あの時の“彼女”だ」


〇波の音だけが響く夜の浜辺
波が押し寄せてない浜に下ろされた澪。
ふたりの影が、月明かりに照らされて並んでいる。
澪は少し距離を取って、波を見つめる。
けれど、樹の視線は微動だにせずに、澪を真っすぐと見つめていた。