「紗菜。今日は外に出る」
朝食後、怜司がさらりと言った。
聞けば、御堂グループ主催のチャリティイベントの準備会に“婚約者として出席”する必要があるらしい。
「えっ、もう外の場に……? まだ私、レッスンも完璧じゃ……」
「完璧でなくていい。俺がいる」
その一言に、胸がふわっと熱くなる。
怜司の“俺がいる”は、ずるい。
言われるたびに心が溶けてしまう。
怜司の専用車に乗り込むと、すぐ隣のシートに座る彼の存在が大きすぎて、紗菜は落ち着かない。
ジャケット越しでも伝わる体温。
長い脚、指先、喉の動き。
全部が“絵になっている”ような完璧な男。
(本当に……こんな人の婚約者として並んで歩くの?)
緊張で手が冷えていく。
そんなとき。
「……手」
怜司が自分の手を差し出していた。
紗菜は困惑して瞬きを繰り返し、ゆっくりと手を乗せる。
怜司の指が絡まり、しっかりと握られた。
「冷たいな。緊張してるのか」
「だ、だって……外で、怜司さんと並んで歩くなんて……」
「そんなに怖いか?」
「怖いです……っ」
怜司は少しだけ笑った。
甘くて、見たことのない優しい笑い。
「俺の隣では、怖がる必要はない」
そう言って紗菜の手を軽く包み込むように握るから、
心臓が一瞬で忙しくなった。
やがて会場に到着すると、玄関前はすでにメディアや関係者が集まっていた。
紗菜の喉がぎゅっと狭くなる。
(無理……無理……あんな大勢の前で、怜司さんの婚約者のふりをするなんて……)
そのとき怜司が一歩近づき、紗菜の腰に手を添えた。
驚いて顔を上げると、怜司が低く囁く。
「落ち着け。俺がいるって言っただろ」
たったそれだけなのに、緊張が半分消えるから不思議だ。
外に出た瞬間、まぶしいフラッシュの光が降り注ぐ。
怜司の腕に引かれ、紗菜は自然と彼に寄り添った。
「御堂さん、婚約者の方ですか?」
「お美しい方ですね!」
無数の声が飛ぶ。
怜司は紗菜を包むように寄せ、落ち着いた声で答える。
「彼女は……大切な人です。丁重に扱ってください」
(た、大切!?)
心臓がとんでもなく跳ねた。
周りのざわめきが変わった。
一斉に注目が紗菜へ向かう。
息が苦しくなる。
(無理……視線が怖い……)
ほんの一瞬、足が止まりそうになったとき、怜司が紗菜の手をぎゅっと握った。
「紗菜、離れるな」
言葉は静かで、でも力があった。
そのまま怜司は紗菜の手を引き、会場の中へ進んでいく。
足取りが自然と安定する。
怜司の後ろ姿と握られた手が、ひどく心強かった。
イベント会場では、さまざまな経営者たちが怜司に挨拶に来る。
そのたびに、怜司は紗菜の腰に手を添え、紹介した。
「婚約者の桜井紗菜だ」
その姿はまるで“本物の婚約者”のようで。
周囲の反応に、誰ひとり異論を挟まない。
(怜司さん……本当に、私のことを……)
胸の奥が熱くなる。
でも、その幸せは突然破られた。
「あら、紗菜さん。大丈夫?」
振り向いた先に立っていたのは――氷川舞。
今日も完璧な美しさ。
怜司を見つめる瞳は柔らかく、それが紗菜の胸に痛く刺さる。
「怜司さんは疲れてない? あなたが緊張してると、怜司さんまで気を使うでしょう」
柔らかい声音なのに、紗菜の心臓がぎゅっと掴まれる。
“あなたでは怜司さんの足を引っ張る”
そう聞こえた。
怜司が舞に気づき、微妙に目を細める。
「舞。紗菜を不安にさせるな」
「不安にさせる気なんてないわ。ただ……心配してるだけ」
2人のやりとりを見ているだけで胸が痛い。
舞と怜司が並ぶ姿は、どう見ても釣り合っている。
美しさも、立ち姿も、話し方も。
(私なんか……本当にお似合いじゃないんだ……)
急に呼吸が浅くなった。
紗菜は俯き、ほんの一歩だけ怜司から離れた。
――その一歩を、怜司は絶対に許さなかった。
「紗菜」
怜司が手を伸ばし、強く紗菜の腕を引いた。
抵抗する間もなく、怜司の胸に抱き寄せられる。
「離れるなと言った」
低い囁きが首筋に触れ、全身が熱に染まる。
舞が目を丸くする。
周囲が息を呑む。
怜司は舞を見据えながらはっきり言った。
「俺の隣に立つのは、紗菜だけだ」
その言葉は優しくて、強くて。
紗菜の胸に、甘い痛みが刺さった。
(こんなふうに言われたら……
本気で好きになってしまう……)
会場のざわめきの中、怜司の腕は離れない。
紗菜の心だけが、ますます怜司へと傾いていく。
――これは契約のはずなのに。
偽りの婚約のはずなのに。
怜司の言葉も、触れ方も、
胸に響くたびに“偽れない気持ち”が強くなっていった。
朝食後、怜司がさらりと言った。
聞けば、御堂グループ主催のチャリティイベントの準備会に“婚約者として出席”する必要があるらしい。
「えっ、もう外の場に……? まだ私、レッスンも完璧じゃ……」
「完璧でなくていい。俺がいる」
その一言に、胸がふわっと熱くなる。
怜司の“俺がいる”は、ずるい。
言われるたびに心が溶けてしまう。
怜司の専用車に乗り込むと、すぐ隣のシートに座る彼の存在が大きすぎて、紗菜は落ち着かない。
ジャケット越しでも伝わる体温。
長い脚、指先、喉の動き。
全部が“絵になっている”ような完璧な男。
(本当に……こんな人の婚約者として並んで歩くの?)
緊張で手が冷えていく。
そんなとき。
「……手」
怜司が自分の手を差し出していた。
紗菜は困惑して瞬きを繰り返し、ゆっくりと手を乗せる。
怜司の指が絡まり、しっかりと握られた。
「冷たいな。緊張してるのか」
「だ、だって……外で、怜司さんと並んで歩くなんて……」
「そんなに怖いか?」
「怖いです……っ」
怜司は少しだけ笑った。
甘くて、見たことのない優しい笑い。
「俺の隣では、怖がる必要はない」
そう言って紗菜の手を軽く包み込むように握るから、
心臓が一瞬で忙しくなった。
やがて会場に到着すると、玄関前はすでにメディアや関係者が集まっていた。
紗菜の喉がぎゅっと狭くなる。
(無理……無理……あんな大勢の前で、怜司さんの婚約者のふりをするなんて……)
そのとき怜司が一歩近づき、紗菜の腰に手を添えた。
驚いて顔を上げると、怜司が低く囁く。
「落ち着け。俺がいるって言っただろ」
たったそれだけなのに、緊張が半分消えるから不思議だ。
外に出た瞬間、まぶしいフラッシュの光が降り注ぐ。
怜司の腕に引かれ、紗菜は自然と彼に寄り添った。
「御堂さん、婚約者の方ですか?」
「お美しい方ですね!」
無数の声が飛ぶ。
怜司は紗菜を包むように寄せ、落ち着いた声で答える。
「彼女は……大切な人です。丁重に扱ってください」
(た、大切!?)
心臓がとんでもなく跳ねた。
周りのざわめきが変わった。
一斉に注目が紗菜へ向かう。
息が苦しくなる。
(無理……視線が怖い……)
ほんの一瞬、足が止まりそうになったとき、怜司が紗菜の手をぎゅっと握った。
「紗菜、離れるな」
言葉は静かで、でも力があった。
そのまま怜司は紗菜の手を引き、会場の中へ進んでいく。
足取りが自然と安定する。
怜司の後ろ姿と握られた手が、ひどく心強かった。
イベント会場では、さまざまな経営者たちが怜司に挨拶に来る。
そのたびに、怜司は紗菜の腰に手を添え、紹介した。
「婚約者の桜井紗菜だ」
その姿はまるで“本物の婚約者”のようで。
周囲の反応に、誰ひとり異論を挟まない。
(怜司さん……本当に、私のことを……)
胸の奥が熱くなる。
でも、その幸せは突然破られた。
「あら、紗菜さん。大丈夫?」
振り向いた先に立っていたのは――氷川舞。
今日も完璧な美しさ。
怜司を見つめる瞳は柔らかく、それが紗菜の胸に痛く刺さる。
「怜司さんは疲れてない? あなたが緊張してると、怜司さんまで気を使うでしょう」
柔らかい声音なのに、紗菜の心臓がぎゅっと掴まれる。
“あなたでは怜司さんの足を引っ張る”
そう聞こえた。
怜司が舞に気づき、微妙に目を細める。
「舞。紗菜を不安にさせるな」
「不安にさせる気なんてないわ。ただ……心配してるだけ」
2人のやりとりを見ているだけで胸が痛い。
舞と怜司が並ぶ姿は、どう見ても釣り合っている。
美しさも、立ち姿も、話し方も。
(私なんか……本当にお似合いじゃないんだ……)
急に呼吸が浅くなった。
紗菜は俯き、ほんの一歩だけ怜司から離れた。
――その一歩を、怜司は絶対に許さなかった。
「紗菜」
怜司が手を伸ばし、強く紗菜の腕を引いた。
抵抗する間もなく、怜司の胸に抱き寄せられる。
「離れるなと言った」
低い囁きが首筋に触れ、全身が熱に染まる。
舞が目を丸くする。
周囲が息を呑む。
怜司は舞を見据えながらはっきり言った。
「俺の隣に立つのは、紗菜だけだ」
その言葉は優しくて、強くて。
紗菜の胸に、甘い痛みが刺さった。
(こんなふうに言われたら……
本気で好きになってしまう……)
会場のざわめきの中、怜司の腕は離れない。
紗菜の心だけが、ますます怜司へと傾いていく。
――これは契約のはずなのに。
偽りの婚約のはずなのに。
怜司の言葉も、触れ方も、
胸に響くたびに“偽れない気持ち”が強くなっていった。



