舞の言葉が胸に突き刺さった翌日から――。
紗菜は、怜司と“少し距離を取ること”を覚えた。
無理やりではなく、そっと。
触れられなくても動揺しないように。
優しくされても期待しないように。
(だって……半年で終わるんだから)
(私が一方的に好きになったら……帰る場所がなくなる)
そんな考えが、紗菜の胸を占めていた。
怜司は相変わらず忙しく、夜遅くに帰ってくる。
いつものように書斎へ直行し、すぐ仕事に戻る。
だけど――。
その日、怜司は寝室に戻ってくると、紗菜がまだリビングにいることに気づいた。
「……紗菜。今日は早く寝ろと言ったはずだ」
「……すみません。もう寝ます」
言葉は普通なのに、声が少し震えていた。
怜司の目が細くなる。
「お前、何かあったのか?」
「いいえ。何も……」
怜司が近づいてくる。
紗菜は無意識に一歩後ろへ下がってしまった。
――その一歩が、怜司の胸に深く刺さった。
「……なぜ下がる」
問いかけの声は低く、戸惑いが混じっていた。
紗菜は慌てて首を振る。
「あっ、違うんです……! ただ、疲れていて……」
「それは俺も同じだ」
怜司は紗菜の手首を取ろうとしたが、紗菜はそっと引いてしまう。
勇気がなくて。
触れられたら、涙が溢れそうで。
怜司は静かに紗菜を見つめた。
その視線は言葉より雄弁で、胸が締めつけられる。
「……最近、俺を避けている」
「そ、そんなこと……」
怜司が一歩踏み出す。
紗菜は一歩後ろへ下がる。
「避けた」
怜司の声が低く落ちる。
怒っているというより――傷ついている声。
「理由を言え」
紗菜の胸がズキンと痛む。
言えるはずがない。
言えば困らせる。
答えが返ってこなくて傷つくのは自分だ。
「……何もないです。本当に」
怜司の表情が少しだけ曇る。
「紗菜。
俺が……お前に何かしたか?」
「違います……怜司さんは、いつも優しくしてくれます……」
「なら、なぜ……?」
言葉が続かない。
紗菜の心があふれそうで、それ以上口を開けない。
怜司はしばらく黙っていた。
そして、低く息を吐いた。
「……契約だからか」
紗菜の肩がビクリと震えた。
怜司はゆっくり紗菜へ近づく。
逃げ場を塞がれ、壁に背を押し当てられる。
「契約だから、俺に近づくなと言うのか……?」
「そんな……違います……っ」
「じゃあ言え。
“俺に近づかない理由”を」
胸が痛い。
苦しい。
紗菜は必死で目をそらし、強い声で言った。
「……私が……怜司さんに、依存しちゃいそうだからです」
怜司の眉が動く。
「依存……?」
「毎日優しくされて……触れられて……
それが全部、契約の中の優しさだったら……私……耐えられない……」
声が震えていた。
怜司は目を見開き、紗菜に触れようとして――一瞬で手を引いた。
(触れたら……壊れる)
そう言っているみたいだった。
怜司は喉を詰まらせるように声を押し出す。
「……紗菜。
俺が優しくするのは、契約だからじゃない」
「でも……残り……1ヶ月なんですよね……?」
その数字を口にした瞬間、身体が震えた。
怜司の瞳がかすかに揺れる。
「……ああ。あと1ヶ月だ」
その“事実”が、二人を切り裂くように重く響いた。
紗菜は唇を噛んで微笑む。
「なら……そんなに近づいても……意味ないですよ……ね?」
怜司が顔を歪めた。
珍しく、感情を隠せていなかった。
「紗菜……」
「半年が終わったら、私は……怜司さんの婚約者じゃなくなるんです。
だから、これ以上……優しくしないでください……」
紗菜の声は泣き声に近かった。
怜司は一歩踏み出し、紗菜の腕を掴む。
「……やめろ」
「怜司さん……!」
「こんなこと、言うな……」
怜司は苦しそうに紗菜を引き寄せた。
紗菜は胸に押しつけられ、逃げられなくなる。
「離れたいなんて……思わせる俺が悪いのか……?」
怜司の声が震えている。
その震えが紗菜の胸をまた締めつける。
気づいてしまった。
怜司もまた、何かを押し殺している。
紗菜は弱い声で言った。
「……だって……怖いんです……
終わりが来るのが……」
怜司の腕が強く締まる。
「……紗菜」
優しい声。
だけど紗菜は、怜司の胸の中で泣くしかなかった。
ふたりの距離は、たった一歩。
触れればこんなに温かいのに、
心は逆方向へすれ違っていく。
契約の期限――残り1ヶ月。
恋心だけが、終わらせ方を知らないまま膨らんでいく。
紗菜は、怜司と“少し距離を取ること”を覚えた。
無理やりではなく、そっと。
触れられなくても動揺しないように。
優しくされても期待しないように。
(だって……半年で終わるんだから)
(私が一方的に好きになったら……帰る場所がなくなる)
そんな考えが、紗菜の胸を占めていた。
怜司は相変わらず忙しく、夜遅くに帰ってくる。
いつものように書斎へ直行し、すぐ仕事に戻る。
だけど――。
その日、怜司は寝室に戻ってくると、紗菜がまだリビングにいることに気づいた。
「……紗菜。今日は早く寝ろと言ったはずだ」
「……すみません。もう寝ます」
言葉は普通なのに、声が少し震えていた。
怜司の目が細くなる。
「お前、何かあったのか?」
「いいえ。何も……」
怜司が近づいてくる。
紗菜は無意識に一歩後ろへ下がってしまった。
――その一歩が、怜司の胸に深く刺さった。
「……なぜ下がる」
問いかけの声は低く、戸惑いが混じっていた。
紗菜は慌てて首を振る。
「あっ、違うんです……! ただ、疲れていて……」
「それは俺も同じだ」
怜司は紗菜の手首を取ろうとしたが、紗菜はそっと引いてしまう。
勇気がなくて。
触れられたら、涙が溢れそうで。
怜司は静かに紗菜を見つめた。
その視線は言葉より雄弁で、胸が締めつけられる。
「……最近、俺を避けている」
「そ、そんなこと……」
怜司が一歩踏み出す。
紗菜は一歩後ろへ下がる。
「避けた」
怜司の声が低く落ちる。
怒っているというより――傷ついている声。
「理由を言え」
紗菜の胸がズキンと痛む。
言えるはずがない。
言えば困らせる。
答えが返ってこなくて傷つくのは自分だ。
「……何もないです。本当に」
怜司の表情が少しだけ曇る。
「紗菜。
俺が……お前に何かしたか?」
「違います……怜司さんは、いつも優しくしてくれます……」
「なら、なぜ……?」
言葉が続かない。
紗菜の心があふれそうで、それ以上口を開けない。
怜司はしばらく黙っていた。
そして、低く息を吐いた。
「……契約だからか」
紗菜の肩がビクリと震えた。
怜司はゆっくり紗菜へ近づく。
逃げ場を塞がれ、壁に背を押し当てられる。
「契約だから、俺に近づくなと言うのか……?」
「そんな……違います……っ」
「じゃあ言え。
“俺に近づかない理由”を」
胸が痛い。
苦しい。
紗菜は必死で目をそらし、強い声で言った。
「……私が……怜司さんに、依存しちゃいそうだからです」
怜司の眉が動く。
「依存……?」
「毎日優しくされて……触れられて……
それが全部、契約の中の優しさだったら……私……耐えられない……」
声が震えていた。
怜司は目を見開き、紗菜に触れようとして――一瞬で手を引いた。
(触れたら……壊れる)
そう言っているみたいだった。
怜司は喉を詰まらせるように声を押し出す。
「……紗菜。
俺が優しくするのは、契約だからじゃない」
「でも……残り……1ヶ月なんですよね……?」
その数字を口にした瞬間、身体が震えた。
怜司の瞳がかすかに揺れる。
「……ああ。あと1ヶ月だ」
その“事実”が、二人を切り裂くように重く響いた。
紗菜は唇を噛んで微笑む。
「なら……そんなに近づいても……意味ないですよ……ね?」
怜司が顔を歪めた。
珍しく、感情を隠せていなかった。
「紗菜……」
「半年が終わったら、私は……怜司さんの婚約者じゃなくなるんです。
だから、これ以上……優しくしないでください……」
紗菜の声は泣き声に近かった。
怜司は一歩踏み出し、紗菜の腕を掴む。
「……やめろ」
「怜司さん……!」
「こんなこと、言うな……」
怜司は苦しそうに紗菜を引き寄せた。
紗菜は胸に押しつけられ、逃げられなくなる。
「離れたいなんて……思わせる俺が悪いのか……?」
怜司の声が震えている。
その震えが紗菜の胸をまた締めつける。
気づいてしまった。
怜司もまた、何かを押し殺している。
紗菜は弱い声で言った。
「……だって……怖いんです……
終わりが来るのが……」
怜司の腕が強く締まる。
「……紗菜」
優しい声。
だけど紗菜は、怜司の胸の中で泣くしかなかった。
ふたりの距離は、たった一歩。
触れればこんなに温かいのに、
心は逆方向へすれ違っていく。
契約の期限――残り1ヶ月。
恋心だけが、終わらせ方を知らないまま膨らんでいく。



