怜司に肩へ落とされたあの甘いキス――。
その余韻は、翌日も胸の奥でじんわりと熱を残していた。
(怜司さん……“契約の相手とは思えない”って……)
部屋でひとり思い返すだけで、鼓動が速くなる。
けれどその幸せは、長く続かなかった。
季節は春へ向かい、契約期間は残り二ヶ月。
それに比例するように、怜司は急激に忙しくなった。
朝早く出て、深夜に帰る。
会話は減り、食事すら一緒にできない日が続く。
「今日は遅くなる。先に食べてていい」
「会議がある。また帰りは深夜だ」
そんな短いメッセージだけが届く日もあった。
(寂しい……。
こんな気持ちになるの、私ばっかり……?)
契約婚とはいえ、同じ家で暮らしている。
顔を見ない日が続くと、心がぽっかり穴があいたような気分になる。
ある夜、怜司の帰りを待ちながらカップに手を添えていたとき。
廊下の電気がつき、怜司が帰ってきた。
「……おかえりなさい」
声をかけると、怜司は驚いたように紗菜を見る。
「こんな時間まで起きていたのか?」
「あの……ちゃんと帰ってくる姿、見たくて……」
言った瞬間、自分でも恥ずかしくなる。
怜司は一瞬だけ目を見開き、声を潜めた。
「……紗菜」
(怒られる……?)
そう思って身構えたのに、怜司はそっと紗菜の頭に手を置いた。
「悪い。寂しい思いをさせて」
優しい。
触れ方ひとつで胸が甘くなる。
でも――それだけだった。
怜司はすぐに手を離し、
「先に寝ろ」
とだけ言い残し、書斎へ消えていった。
(……触れられたのに。
あんなに優しい声で言われたのに……)
嬉しさより、切なさが勝ってしまう。
怜司は優しい。
でも、その優しさが“契約だから”なのか“私だから”なのか、わからない。
そう思うと、怖かった。
そして――さらに追い打ちをかける出来事が起きた。
翌日。
舞が御堂家を訪れた。
「こんにちは、紗菜さん」
美しすぎる笑み。
その後ろには会長もいる。
(また……試されるんだ……)
そう覚悟したけれど、舞は違う角度から攻めてきた。
「最近、怜司さん……忙しそうね」
「……はい」
「あなた、あまり会えていないんじゃなくて?
ほとんど顔も見てないんじゃないかしら」
図星すぎて胸が痛む。
舞はさらに、紗菜の心の奥へ切り込む。
「……ねえ紗菜さん。
あなた、本気で怜司さんを好きになっているんじゃない?」
刃物のようなひと言だった。
「そ、それは……!」
「悪いとは言ってないわ。
でも、契約婚だってこと、忘れてないでしょう?」
舞は優しい声で、残酷な真実を突きつける。
「半年経ったら、あなたは“役目”を終えるだけ。
怜司さんには御堂家の跡取りとして正式な結婚相手が必要なの。
それがあなたじゃないこと……あなたが一番、わかってるでしょう?」
“あなたじゃない”
その言葉が胸を深く刺す。
「怜司さんは忙しくて、あなたが寂しくても気づけない。
それが、あなたたちの“身分差”。
同じ世界に立っていないという証拠よ」
喉の奥がぎゅっと詰まり、呼吸が苦しくなる。
舞は最後に静かに言った。
「言い方がきつかったなら、ごめんなさい。
でも、私はあなたが傷つく未来……見たくないの」
その微笑みは優しいのに、
紗菜にとっては“突き放し”にしか見えなかった。
舞が去っていくと、紗菜は立っているのがやっとだった。
(……わかってる。
わかってるけど……)
涙が一粒、頬を伝う。
――好きになったら、ダメだったのに。
胸の奥がずきんと痛む。
怜司を好きでいればいるほど、終わりが怖くなる。
紗菜は自室に戻り、ベッドの端に座り込んだ。
(怜司さんの隣に立つのは……やっぱり、私じゃないんだ)
泣きたくなくても、涙は止まらなかった。
ただ静かに、
誰にも見られない場所で、
紗菜はぽろぽろと涙をこぼし続けた。
その余韻は、翌日も胸の奥でじんわりと熱を残していた。
(怜司さん……“契約の相手とは思えない”って……)
部屋でひとり思い返すだけで、鼓動が速くなる。
けれどその幸せは、長く続かなかった。
季節は春へ向かい、契約期間は残り二ヶ月。
それに比例するように、怜司は急激に忙しくなった。
朝早く出て、深夜に帰る。
会話は減り、食事すら一緒にできない日が続く。
「今日は遅くなる。先に食べてていい」
「会議がある。また帰りは深夜だ」
そんな短いメッセージだけが届く日もあった。
(寂しい……。
こんな気持ちになるの、私ばっかり……?)
契約婚とはいえ、同じ家で暮らしている。
顔を見ない日が続くと、心がぽっかり穴があいたような気分になる。
ある夜、怜司の帰りを待ちながらカップに手を添えていたとき。
廊下の電気がつき、怜司が帰ってきた。
「……おかえりなさい」
声をかけると、怜司は驚いたように紗菜を見る。
「こんな時間まで起きていたのか?」
「あの……ちゃんと帰ってくる姿、見たくて……」
言った瞬間、自分でも恥ずかしくなる。
怜司は一瞬だけ目を見開き、声を潜めた。
「……紗菜」
(怒られる……?)
そう思って身構えたのに、怜司はそっと紗菜の頭に手を置いた。
「悪い。寂しい思いをさせて」
優しい。
触れ方ひとつで胸が甘くなる。
でも――それだけだった。
怜司はすぐに手を離し、
「先に寝ろ」
とだけ言い残し、書斎へ消えていった。
(……触れられたのに。
あんなに優しい声で言われたのに……)
嬉しさより、切なさが勝ってしまう。
怜司は優しい。
でも、その優しさが“契約だから”なのか“私だから”なのか、わからない。
そう思うと、怖かった。
そして――さらに追い打ちをかける出来事が起きた。
翌日。
舞が御堂家を訪れた。
「こんにちは、紗菜さん」
美しすぎる笑み。
その後ろには会長もいる。
(また……試されるんだ……)
そう覚悟したけれど、舞は違う角度から攻めてきた。
「最近、怜司さん……忙しそうね」
「……はい」
「あなた、あまり会えていないんじゃなくて?
ほとんど顔も見てないんじゃないかしら」
図星すぎて胸が痛む。
舞はさらに、紗菜の心の奥へ切り込む。
「……ねえ紗菜さん。
あなた、本気で怜司さんを好きになっているんじゃない?」
刃物のようなひと言だった。
「そ、それは……!」
「悪いとは言ってないわ。
でも、契約婚だってこと、忘れてないでしょう?」
舞は優しい声で、残酷な真実を突きつける。
「半年経ったら、あなたは“役目”を終えるだけ。
怜司さんには御堂家の跡取りとして正式な結婚相手が必要なの。
それがあなたじゃないこと……あなたが一番、わかってるでしょう?」
“あなたじゃない”
その言葉が胸を深く刺す。
「怜司さんは忙しくて、あなたが寂しくても気づけない。
それが、あなたたちの“身分差”。
同じ世界に立っていないという証拠よ」
喉の奥がぎゅっと詰まり、呼吸が苦しくなる。
舞は最後に静かに言った。
「言い方がきつかったなら、ごめんなさい。
でも、私はあなたが傷つく未来……見たくないの」
その微笑みは優しいのに、
紗菜にとっては“突き放し”にしか見えなかった。
舞が去っていくと、紗菜は立っているのがやっとだった。
(……わかってる。
わかってるけど……)
涙が一粒、頬を伝う。
――好きになったら、ダメだったのに。
胸の奥がずきんと痛む。
怜司を好きでいればいるほど、終わりが怖くなる。
紗菜は自室に戻り、ベッドの端に座り込んだ。
(怜司さんの隣に立つのは……やっぱり、私じゃないんだ)
泣きたくなくても、涙は止まらなかった。
ただ静かに、
誰にも見られない場所で、
紗菜はぽろぽろと涙をこぼし続けた。



