悪徳令嬢・悪役令嬢モノ8連発

 魔法使いユアイは王都にあるカフェに来ていた。毎日繰り返される日常である。窓際の二人席が指定席。一人で占有する。大きな透明な石英(せきえい)系の窓から太陽の光が入って心地よい。

 彼女は今、魔法使いらしい黒いローブではなく、長袖の白いワンピースを着ていた。スカートの下にはフリルが付いていて、とても可愛い格好だ。

 季節は晩秋。そろそろ寒くなり始めるころだ。黒っぽい上着は持ってきている。テーブルの横に置いたスタッフ・オブ・マジック(魔法の杖)は珍しい形をしており、先端で二つに枝分かれしている。ユアイが必殺技を使うために特注で作ったものだ。

 赤い肩下げカバンはマジックバックでお気に入りのコーヒーカップはここから出し入れする。お店とは馴染なのでオーナーからは黙認されている。

 ユアイの外見は十代後半だろうか。ショートカットに見える黒い髪だが、ポニーテールで後ろでヘアリングとピンクのリボンで縛っている。

 背が低いため、若く見られがちであり、大人っぽくありたいと思っているものの、本人の思惑と真逆に残念ながら着ている服装はロリコンの大好きな感じである。

「はぁ、日差しが気持ちいいわ。でも、そろそろ高校生に戻りたいわ。勉強もしたいし。この世界に来てから一体どれぐらいの日数が過ぎたのかしら」

 ユアイはこのお店がお気に入りだった。大変珍しいイチゴのショートケーキがあるし、コーヒーも。かつて異世界に来た人が広めてくれたおかげ。

「高校に通っていた当時は、勉強が嫌いだったのにね、ふふ」

 窓のガラス系も同様だった。異世界にはガラスという概念がなかった為、製造されることもなく、建物の窓は木の枠で開閉する板であった。

 今は透明っぽいガラス状の板が製造されている。その恩恵に授かっているが、ユアイは炎の魔法で砂を溶かしてガラスを広めようとしたことがあったので、些細な知識でも役立つんだなと実感して、元の世界での勉強がしたくてしょうがなかった。

 兎にも角にも元の世界の嗜好品が僅かにもあるというのは、ありがたかった。コーヒーを口にしながら郷愁に浸れるし、忘れていた記憶が蘇ることも多いのだ。愛用のコーヒーカップは自分でお店に持ち込んでいる。横には謎の白い小さな生物がコーヒーに目を輝かしている。

「コーヒーやイチゴケーキは少々お高いのが玉にキズだけどね」

 ニコニコしながらショートケーキを頬張っていると、外から賑やかな音がしてきた。いや賑やかというより騒動といった感じだった。

「うん? 何か事件かしら」

 ここは王都郊外にある男爵出張地である。窓から男爵の衛兵らが忙しくしているのが見えた。
 ユアイは丁度イチゴケーキを食べ終わったので、コーヒーを飲み干して清算を済まし、衛兵らが走って行った方に向かって歩き出した。事件があると興味が湧いてしまうのだ。

 両面にお店が立ち並んでいる街路を歩いていると、後ろから走ってきた衛兵はまだしも、騎士まで馬で追い抜いて行った。

「結構な数になってるわね。集合でもかかったのかしら」

 道の左端に沿って歩いていると、右側の細い路地に八歳ぐらいの子供がいるのが見えた。その子供は高そうなブレザーを着ていて、一見して貴族や豪商の令息と分かる印象だった。違和感が伝わってきたのでユアイは子供に声を掛けることにした。

「ねぇ、ボクちゃん。どうかした? 迷子になったのかな?」

 急に声を掛けられたのか驚いた顔をした子供。どこからか逃げてきた感じはなく、普通にユアイの顔を眺めて答えた。

「ううん。迷子じゃないよ」

「名前は?」

 この質問で彼はビクっとした。フルネームを応えるのかと考えていたユアイだったが、その子は何かを思い出そうとするかのように目を斜め上に向けて逡巡してから答えた。

「……ジャック」

「お家の名前はないのかな?」

「……うーん、分からない。僕の名前はジャックと言ったけど、よく呼ばれたみたいな気がしただけ」

「じゃ、ボクちゃんの名前はジャック君でいいよ」

 彼は、薄い記憶で思い浮かんだ名前を言っただけらしかった。たったこれだけのやり取りだったが、ユアイはピンときて彼を騎士団の詰所に連れて行こうと考えた。迷子どころか記憶喪失の片鱗が伺えたからだ。

 ユアイの質問に答えようとした時、ジャックが斜め上を向いて応えようとしていたのは、記憶が微妙で思い出そうとしている仕草だった。ジャックは記憶を探っていただけだが、犯罪者がこういう仕草をする時は嘘を考えている時だと言われている。

「独りで居ると怖い人たちが(さら)ってくるから、お姉ちゃんと一緒に騎士団の詰所に行こうよ」

「うん……」

「何か身分証明書は持ってるかな?」

「身分証明書って?」

「家から与えられた宝剣とかよ。持ってないかな?」

 彼は身体をまさぐっていたが宝剣は重くて直ぐに分かる筈。現代で言えば、脇にある拳銃のホルダーみたいなものに宝剣を収めてあり、必要があればそれを衛兵らに見せる。

「持ってないや」

「カバンなども持ってないよね?」

「うん、手ぶら」

 迷子などで緊張して何をしたらいいのか判断が付かなくなってる子供には、極力優しく話して司法執行機関に連れて行くのがセオリーとなっている。あとは騎士団か衛兵に任せれば母親らを見つけてくれることだろう。

「子供なのに普通に受け答えできるね。貴族の子かな。さ、行こうか」

 手を繋ごうと手を出し出してみると、ジャックは目を泳がせて厭々な感じの反応を見せ、一瞬、逃げようとする行動を起こした。

「ん。ダメよ」

 ユアイは、さっとジャックの前に身体を移して彼の肩を両手でがっしりと押さえた。

「何らかの事情があるのね、ジャック。それじゃ、衛兵の詰所は止めて男爵に直接お願いしてみようね」

 貴族の子女の扱いは難しい。それゆえ、男爵に依頼して安全を確保しながら親を探してもらうことにする。ジャックと手を繋ぎ、男爵邸へ向かって歩き始めた。

「おーい大変だぞ、川に上がった遺体は、男五人、女二人、合計七人もだ!」

 大変不穏な声が、遠くにいた騎士団や衛兵たちの会話から聞こえてきた。

 ユアイ「マジで……?」

 ユアイは咄嗟に彼の顔を見た。
 ジャックは目を合わせて頭をぺこりと下げ、暗い表情をして(うつむ)いた。

(もしジャック君の付き人たちが殺されていた人たちだとすると護衛が五人、メイドが二人ね。身分が簡単に分からないようにメイドが宝剣を川に捨てたと考えると筋が通るわ。殺される直前かしら)

 ジャックの顔色を伺いながら、ユアイは手をジャックの頭の上に載せ、撫で始めた。

(そしてジャック君は目の前で殺されたメイドさんたちにショックを受けて記憶喪失になったのかなと。うん、都合がよすぎるけど、運が悪いことに私には女神様の幸運の加護がたんまりついているのよね)

 手の平を通じてジャックの記憶を吸い出してみる。こういう場合、言葉ではなく光景が頭の中に流れるのだ。

(この出会いも多分女神様のお導きよね……はぁ)

 やはり運が悪かった……。

 ◇◇

「あの……、門番さん」

「おや、どうしたんだい、お嬢ちゃん」

 ユアイは上品な服装をしたジャックと共に、街の小高い坂の上にある男爵邸まで会話をしながら約一時間を歩いてようやく辿り着いた。門兵は二名立っており、すぐに邪魔だと追い返されることもなく優しく対応してくれた。

「この子、ジャック君というんですけど、街の路地で彷徨っていたから連れてきました。服装から良家の御子息だと思うのです。男爵さまのお力をお借りしたいなと考えて参りました」

「ほう」

(確かに上品な服装をしているな。お嬢ちゃんも上品だ。無碍な対応をしたらいけない感じだな)

 もう一人の門兵へ内緒のように耳打ちする。

「この子、手配されてた子息かも知れないぞ」
「まさかと思うが、間違いでもなさそうだな」

「お嬢ちゃん、見つけた時のことを聞かせてくれないか?」

「はい。どうやら記憶を失っているようで、名前はジャックらしいのですが、うる覚えだそうです。また、身分を示す物は持っていないです。あとファミリーネームも記憶にないみたいですね」

「なるほど了解した。ここまで彼を案内してくれてありがとう。お嬢ちゃんのように男爵家の領民は善人が多いから助かるよ。もしこのジャック君が重要人物なら男爵様からお礼が出ると思うから良かったな」

「いえいえ、お礼なんて。ただ、またジャック君に会いに来ますね。私はユアイと言います」

 丁寧に門兵にお辞儀をして締めの挨拶をし、ジャックに向かって微笑む。

「ジャック君、また会いに来るからね。色々と君の事が分かると良いね」

 ジャックはユアイの顔を見上げて、じっと目を見つめ続けている。

「うん。ありがとう」

 ユアイは踵を返して門を背にし、元の街へと向かう。目指すは現場だ。七人もの遺体が発見されたのは何らかの見逃せない事件と思われた。ジャック関係なら何とかしようと考えたし事件そのものにも興味が出てきた。

 一時間をかけて再度歩いて向かう。まだ日は高かった。

【ルッセル男爵領地内にて事件発生】

 川の畔の現場に着いた。住民が集まりヤジ馬と化していたのを衛兵が整理をしていた。
 
 現場を仕切っていた隊長らしき人が周囲を見渡してから言葉を発する。

「住人の皆さんも顔に見覚えがあるか、どこかで見たことがないか思い出していただきたい。どんなことでも結構だ。争う音がしたとか、喧嘩をしているところを見たとか、友人知人にも聞いてくれ。何かあったら詰所まで来て教えて欲しい。よろしく頼む」

 ユアイが聞いた話をまとめるとこうだった。

 本日未明、男性五人、女性二人が川に浮かんていた。騎士団の検視によると全員が首を折られていた。これが死因と推定された。服は剝ぎ取られ、身分を証明するものもなかった。川の水は透明度が高く、輝く短剣など金属なら容易に見つけることが出来るが、何も川底には目立つものはなかった。服装は流されたか、殺人犯が持ち去って処分したのだと考えられた。

 遺体の髪型や爪、肌、筋肉のつき方等の状態から上流階級の護衛と世話係と推測された。刺し傷などはなかった。生前は清潔な生活を営んでいた筈で、結構、上級爵位の関係者かも知れなかった。護衛とメイドのセットという事から重要人物を護衛した付き人たちと考えられる。

 もしも護るべき重要人物も殺され、川の下流に流されているとしたら、男爵家も何らかの影響を被るかも知れない。それよりもっと未発見の遺体が流されているかもしれない。

「下流までくまなく探せ!」と隊長が号令をかけた。

「範囲は下流のこのラインまで、倉庫、公園のゴミ箱、犬小屋までしっかり探すんだ」

「他の領地の範囲にも足を運べ。小競り合いは起こすな。何か言われたら私まで報告してこい、何とかする」

「殺されてから最低六時間が経ってる。もし犯人が移動しているなら徒歩で一時間で男爵様の屋敷まで行ける。その六倍の距離は移動できるという事だ。領外に出ているかもしれんが、とにかく急げ」

「捜査開始、散開!」

 ユアイはこの隊長なら話が分かると判断して近寄って声を掛けた。

「隊長さん、こんにちは」

 頭をぺこりと下げ、笑顔を忘れない。

「ん、お嬢ちゃん、何か情報を持っているのかい?」

「はい。野盗なら刀剣を使いますよね。でも被害者たちに傷はなかった。生きている頃に川に放り込まれたなら肺に水が入っている筈。浮くことはありません。亡くなってから川に投棄されたのです」

「なるほど、その通りだな」

「そして護衛していたはずの重要人物ですが、たぶん、ジャックという名の男の子です。三時間ほど前ですけど、路地を彷徨っていたので男爵邸に預けてきました」

「な、なんだと……」絶句

「はい」

「お嬢ちゃん、名前は?」

「ユアイと申します」

「!」
(この受け答え、名前……まさか)

「そのまさかです」

(えっ、ワシの心を読まれた?)


【ロズウエル公爵家】

 公爵家では騒動が起こっていた。お付きの護衛、メイドと共に行方不明になった孫のジャックを探している。スコット辺境伯爵の避暑地へ移動中の出来事だった。そして事件が始まる。

【スコット辺境伯爵邸】

 辺境伯爵令嬢マリー、妾の娘シルに身分証を持たせず寄家の一つルッセル男爵家に嫌がらせなのか女中として派遣する。貴族の身分証というのは黄金の短剣で宝石が装飾され紋章が刻まれている。

【ルッセル男爵邸】

 シルは五日間を掛けて馬車でルッセル男爵領へ。領主の男爵は野心家であった。早く昇爵したくて仕方がない。スコット伯爵の寄家である上役のトニー子爵に媚びを売って地盤を固めてきた。

 ◇◇

 ユアイはマジックポーチから魔法ハットを取り出し頭にかぶった。

「隊長さん、この事件、私も関わるわ。自由に動くけど邪魔はしないから、よろしくね」

 こうやって毎回、ユアイは興味の出た犯罪捜査に加わるのであった。

 ◇◇

↓ 画像:魔法使いユアイ
手に愛用のコーヒーカップと謎の生物(ペット&従魔)、白いワンピースの上に黒っぽい羽織、二手に枝分かれした特殊なスタッフ・オブ・マジック(魔法の杖)、右肩に謎の白い布、赤い肩下げカバンはマジックバック。ショートカットに見える黒い髪だが後ろでポニーテールにしている。転移してきても郷愁があり和風の雰囲気で決めていますが、魔法ハットは忘れてしまっていた(作者が)。超強力な魔法を扱い、過去の王国への貢献により爵位を授かっている。


【詳細不明な王侯貴族の紋章入りエナメル絵画バシュロン社製】


現在では雲上ブランドのバシュロン・コンスタンタン社製の1850年~1900年ごろのペンダント。18K無垢。ブランド名はケースに刻印されており、バシュロン社への鑑定に出そうと思っているものです。他にオリジナルチェーンも付いており、ここで紹介しているペンダントには殆どに付属品が付いていて、博物館でも欲しがるんじゃ? と思ったりする。いつか寄贈するかもしれない。試しにネジを巻いてみたら正常に動いているので(しかも一日の誤差は数分しかない感じ)驚きであります。

『可愛いご婦人』


エナメル絵画の18K無垢ペンダント。時代は1830~1850年ごろの作品。
我が家のコレクション。