私は六年前、交通事故に遭いそうになった。スマホを見ていた運転手が、前を確認せずに進んだから。下校中の私は、車が突っ込んでいるのに体が動かなくて、「もしかして死んじゃうかも」って思った。だけどその時、強く腕を引かれたの。

「危ない!」

 聞きなれない男の子の声がして、大きく景色が揺れる。男の子が突き飛ばしてくれたおかげで、車との衝撃を避けることができたのだ。さっきまで私がいた場所を見ると、生々しいタイヤの痕。恐怖を覚えると「大丈夫?」と声をかけてくれた。顔を上げると、男の子の背中には四つの漢字が並んでいた。珍しい服だった。だけど私はまだ小学校に入ったばかりで、四つの漢字が全て読めなかった。

「怪我はない?」

 私より大きな男の子は、振り返らずに聞いた。薄茶色の髪の男の子、背は小学六年生くらい大きい。長袖の下からのぞく手首が白いけど、ガッシリしていて頼りなさは感じない。落ち着いた声を聞いて、私はだんだん落ち着きを取り戻した。深呼吸しながら「けがはない」と答えた。そして瞬きをしている間に、男の子はいなくなっていた。

 代わりに、車の運転手が青ざめた顔で駆け寄った。そこから警察も来るわ、お父さんお母さんも会社からすっ飛んでくるわ、てんやわんや。助けてくれた男の子の身元も不明なまま。だけど私は、何としてでもお礼を言いたかった。この日から、ずっと私はあの男の子を探している。

 白い長そでのシャツ。その後ろに縦に並んだ、四つの漢字――それが四字熟語だと小学四年生に知った時から、私の興味は四字熟語へ傾いた。事故に遭いかけて六年。助けてくれた男の子について今まで何の手がかりもなかったけど、中学一年生になってやっとヒントを得た。

「四字熟語がプリントされた服を着るくらいだから、きっと四字熟語が大好きな人だよね?」

 男の子も近くの小学校だったとすると、私立を受験していない限りこの中学校に進学している確率が高い。まずは私の学校にいる四字熟語好きを探そう。いなかったら近くの中学校を探して……うん、なんだか見つかりそうな気がしてきた!

「でもさぁ萌花、その人の背中にあった四字熟語は何だったの?」
「……え」

 私こと琴野萌花(ことのもか)は、腰まである長いつやつやの髪が自慢の中学一年生。そして私と話しているのが高本なつき(たかもとなつき)ちゃん。同じ二組だよ。肩より上の短い髪がカッコイイ、私の大親友!

「覚えていないんだよねぇ。あの時は小学校入りたてで、何の漢字も習っていなかったし」
「漢字の形も覚えていないの?」

 それがさっぱり。簡単な漢字だったらあやふやでも覚えられたけど、難しい漢字だった。何よりバタバタしていたし。

「男の子のことは、よく覚えているんだけどなぁ」
「ほほう、じゃあ萌花の初恋ってわけだ」
「え、違うよ!」

 ……と思う。周りの女子が「好きな人」の話をするのを聞くけど、私は全くピンと来ない。小学生の時からあの男の子のことばかり考えていたからなぁ。そして私の中で、あの男の子は「あこがれの人」だし。妙に納得していると、担任の先生が入って来た。手に持つ小テストを見て、私は急いで復習を始めた。

 ❀

 その日帰宅すると、玄関に見慣れない包みが置いてあった。試しに持ち上げると、五百ミリリットルのペットボトルと同じくらいの重さ。

「それ萌花へのプレゼント。開けてみて」

 キッチンから、お母さんがひょいと顔を覗かせる。そういえば、今日はパート休みの日だ。

「私へのプレゼント? 誕生日でもないのに?」
「いいから、いいから」

 妙にご機嫌だ。なんだか怪しい……。
 袋を破らないように丁寧に開ける。すると中から現れたのは、四字熟語辞典。「これ!」と手を震わせる私を見て、お母さんの口角が上がる。

「ずっと四字熟語について調べていたでしょ? これならたくさん載っているし、萌花も調べたい時に調べられるからいいと思って」
「ありがとう~お母さん!」

 今日の晩ご飯は必ずお手伝いをします! と約束した後。さっそく自分の部屋で辞書をめくる。

「わぁ、いっぱいある……っ」

 私が知っている四字熟語は、せいぜい五個くらい。だけど、この辞書には二百個も乗っているんだ! しかも、わかりやすいイラスト解説つき!

「面白そう……ん?」

 パラパラとめくっていると、変な空白があるページを見つけた。まるで誰かが切り取ったような……。四字熟語の意味や解説は書いてある。だけど肝心の四字熟語がどこにも書かれていないのだ。

「〝一人で千人の敵に対抗できる力を持っていること〟……何の四字熟語?」

 辞書の最初から最後まで探してみるけど、やっぱりない。変だな。他のページには、ちゃんと四字熟語が載っているのに。気になって、一階にいるお母さんに聞くと「これは一騎当千だ」と漢字を書いたメモと一緒に教えてくれた。カッコイイな。解説に乗っていたように、強そうな漢字だ。

「それより萌花、あなた辞書は? 調べれば載っているでしょ?」
「あ~……それがね」
「あ、調べ方が分からないとか?」
「ううん、大丈夫! ありがとう!」

 説明しても信じてもらえなさそうだったから、また自分の部屋へ戻る。そして空白だった辞書へ「一騎当千」と書き加えた。もちろん、読み方も一緒に。

「空白だったのは、このページだけ。一体なんだったんだろう、印刷ミスかな?」

 一か所だけだったし、きっとそうだ。私は「一騎当千」を知ったことで気分が上がっちゃって、気にせず辞書へ目を通す。明日は土曜日で休みだし、時間を気にせず辞書をみていられる!

 だけど問題が起こった。翌朝、何気なく辞書をめくった時だ。

「あれ。なんか、また空白ができている?」

 昨日見つけた、四字熟語の空白。それが違う場所でも見つかったのだ。しかも一か所じゃない! 数えると、全部で三か所。しかも昨日、私が書き加えた「一騎当千」も、また空白になってる!

「な、なんでぇ……?」

 もしかして幽霊⁉ 怖くなって急いで下に降りる。だけどお母さんは仕事に行ったらしく「お昼に帰るわね」と書き置きがあった。ていうことは、今この家に私一人きり⁉ すると二階で、ガタンと大きな物音がした。

「ひぃ⁉」

 まさか泥棒? っていうか私の部屋の方から音がしなかった⁉
 玄関にあった傘を持ち、野球のようにバッドを構える。すると二階から、誰かが降りて来る足音が聞こえた。しかも複数人!

「怖くない、怖くない……っ!」

 傘の柄を強く握り、壁の影に隠れる。そしてリビングに入る誰かの足が見えた瞬間、「覚悟ぉー‼」とすごい勢いで傘を振り下ろす。

「うわ⁉」

 続いてドタン、と尻餅をつく音。攻撃の手をとめちゃいけない気がして、また傘を振りかぶった。

「出て行け、泥棒~!」

 すると「おい待て!」の声。同時に、振り上げた傘がビクともしなくなる。もしかして今、すっごくピンチかも⁉ 怖くてしゃがむと、頭上から優しい声が降って来る。

「ビックリさせちゃってごめんね~。ケガはない?」
「……んえ?」

 恐る恐る目を開けると、目の前に、肩まで伸びた茶色の髪の男の子が立っていた。少したれ目なその子が、私が振り上げた傘をつかんでいる。安全なところへ傘を置いた彼は、また戻ってきて「はい」と、私に向かって手を伸ばす。

「勝手に現れちゃってごめんねぇ。でも怪しい奴らじゃないから安心して~」
「怪しく、ない……?」

 勝手に家へ入って来ておいて? と不思議に思っていると、キッチンでカチャリと音がする。見ると、メガネをかけた男の子がお茶の準備をしていた。

「話したいことがありますし、とりあえずここに座りませんか? お茶を出しますので」
「ここ、私の家ですが……」

 戸惑ってメガネ男子を見ると、その子はツンとそっぽをむいた。え、スルー⁉
 すると反対側で「おい」とケモノが唸るような声が聞こえる。見ると、床に手をついている男の子。さっき私が傘で叩いちゃった子だ!

「傘で殴っておきながら俺を無視するとは、いい度胸だな」
「す、すみません……」

 鋭くとんがった目が、まるで鬼そのもの。泣きだしそうになるのを我慢して、私は素直に謝った。

 ❀

 いきなり現れた男子三人と私は、キッチンにあるテーブルを囲んで麦茶を飲む。びっくり続きで沸騰した頭に、冷えた麦茶が気持ちいい。コップに注がれた麦茶を一気に飲み干した。

「すごい飲み方だな。男みたい」
「むっ」

 むかむかむかー! いきなり現れておいて、ちょっと失礼じゃないの⁉

「あ、あなたこそ! 私の傘でやられたくせに!」
「やられてない、ちょっとつまずいただけだ」

 さっきまで「怖い」と思っていたツリ目の黒髪男子。だけどあまりの口の悪さに、ムカムカしちゃう! すると終始笑顔を絶やさない茶髪男子が「どうどう」と、私たちをなだめる。

「まず俺たちのことを話さないとね」
「……協力してもらわないといけませんし」
「協力?」

 聞き返すと、メガネ男子は再びプイとそっぽを向いた。またスルーされた。ツリ目男子といいメガネ男子といい、話しづらいなぁ。
 すると茶髪男子が、衝撃の事実を教えてくれた。

「実は俺たち、元は四字熟語なんだよね」
「へ?」
「俺ら、四字熟語の化身ってこと」

 聞けば聞くほど分からない。このひとたちが四字熟語? つまり人間じゃないってこと?

 だけどコップを掴む手も、まばたきも、何もかもが人間だ。でも……違うんだ。
 理解できたような、できないような。眉間にシワを寄せていると、ツリ目男子がコップの水面を見つめながら呟く。

「一騎当千を見つけないといけないんだ」
「一騎当千……あ、昨日習ったよ! 一人でも千人力っていう意味の。あそこが空白だったから書き足したんだ。だけど今朝みたら、また空白になってた」
「……そうだな」

 ツリ目男子だけでなく、メガネ男子も茶髪男子も肩を落とす。なんだか悲しそう。

「一騎当千が、俺たち四字熟語を、あの辞書から追い出しているんだ。そして追い出された四字熟語は……」

 ゴクンと生唾を飲む三人。そ、そんなに恐ろしいことがあるの……!?

「右往左往なら、右往砂糖に。
 天上天下なら、天丼天下に。
 という風にだな、面白おかしく変わってしまう」
「砂糖に、天丼……」

 なんだか美味しそうな言葉ばかりだ。だけど自分たちも面白おかしい四字熟語になることを想像したのか、男士たちはブルッと身震いした。

 四字熟語って、言わば男子たちの名前だよね?私も、自分の名前を面白く変えられるのは嫌だなぁ。琴野萌花が、昆布萌花になったらどうしよう。

「そもそも、どうして一騎当千くんは他の四字熟語を追い出すの? 仲間なのに」
「……分からない」

 ツリ目男子の肩が、また下がる。そうとう落ち込んでいるみたい。そりゃそうか。いきなり辞書の外に追い出され、人間界に出てきちゃったんだし。

「どうやったら、一騎当千くんは辞書に戻るの?」
「「力技で/説得するしかないだろうね」」

 ……なんか物騒な言葉が聞こえたけど、気のせいだよね。

「でも、ちょっと安心した」
「安心~? なんで?」
「だって皆は、一騎当千くんに辞書に戻ってきてほしいと思っているんでしょ? 離れたくないと思っているんでしょ? みんな大切に思い合っているのが嬉しいの」

 私も四字熟語が好きだから。その四字熟語同士が仲良しだったら、すごく嬉しい。

「私、やるよ。一騎当千くんを辞書に戻す!」

 何が何だか分からないけど、っていうか分からないことだらけだけど。好きな四字熟語のためなら協力するよ!

「でも、その代わり……なんだけど」
「「「?」」」

 三人の目が、私を見る。

「私に、四字熟語を教えてほしいの!」

 あの日の男の子を、探すために――! とは言えなかった。だって皆は今大変な時なのに、私の話をしても迷惑かなって思ったから。

 一騎当千くんを探しながら、四字熟語を勉強する。そしてあの日の男の子も見つける! 完ぺきな計画!

 すると四字熟語男子たちは私を見た。ツリ目の子が、ニッと口角を上げる。

「俺たち四字熟語のことを知ってくれるなら嬉しい。教えるのは得意だ、力になる」
「ありがとう!」
「よし、交渉成立だな」

 皆で手を合わせて、エイエイオーをする。少しだけワクワクしてきちゃった!

「そうだ!〝交渉成立〟も四字熟語だよね?」
「それは漢字が四つ並んでいるだけで四字熟語じゃないぞ」
「えぇ⁉」
「これは気合入れて教えないといけなさそうだねぇ~」
「……はぁ。面倒ですね」

 私を「超がつく四字熟語初心者」だと分かった三人は、天を仰いだり目を伏せたりと様々な反応した。その中でもツリ目の男子はテーブルにあるメモ用紙をとって、【交渉成立は四字熟語ではない】とご丁寧に書き記した。

 ❀

 協力することが決まったし、お互いの名前を知っておかないと不便だよね。

「自己紹介しようよ! 私は琴野萌花、中学一年生だよ!」

 するとツリ目の男子が「なんて書くんだ?」と聞いた。漢字に興味があるなんて、さすが四字熟語の化身!

「楽器の琴に、野原の野。もえ~の萌に、花だよ」
「……理解した」

 もえ~と言った辺りから、ツリ目くんは私から視線を逸らした。同時に、私も肩を落とす。

「萌花って名前は好きなんだけどね、どうせならひらがなが良かったなぁって、そう思ってるんだ」
「どうしてー? すごくいい漢字なのに」

 茶髪くんがそう言ってくれて嬉しい。だけどひらがなの方が可愛く見えるんだ。友達のなつきちゃんだって、ひらがなだ。名前を見た時、すごく可愛く見える。だから羨ましいんだ。
 正直に話すと、メガネ男子が「はぁ」と、飲んでいたコップを面倒くさそうに置く。

「漢字の魅力を知らないなんて……よくそれで四字熟語が好きと言えましたね」
「うぅ……四時熟語は、ワケがあって好きなのっ」
「わけ?」

 わ、危ない。深堀りされそうだったから、急いで話題を変える。私の問題は、今は内緒。一騎当千くんを見つけることが先だ!

「そ、それより! 皆はなんていう四字熟語なの?」

 目を泳がせていると、メガネ男子が手を挙げる。

「僕は快刀乱麻。意味は、」
「分かるかも! 怪盗っていうくらいだから、盗みが得意とか?」
「……はぁ」

 ため息で返された! 違ったのかな。あとで辞書を確認しよう……!
 すると「お~い」と、向かいに座った茶髪男子が手を振る。

「俺はね、豪華絢爛。だいぶ漢字が難しいんだよねぇ。意味は、美しく華やかなこと」
「美しく、華やか……」

 確かに、茶髪男子はいつもニコニコと笑っていて、存在感がある。顔も整っているし――するとたれ目な彼に、じっと見つめられていることに気付いた。

「俺のこと、どう思う?」
「き、きれいです……!」
「あは、ありがと~」

 ニコニコと笑みを浮かべながら、再びお茶を飲む茶髪くん。姿勢もキレイだし、優雅できらびやかだ……。
 自分の背筋を正していると、ツリ目の男子が「俺は」と口を開く。

「威風堂々だ」
「そのまんまだね」
「おい、こら。どういう意味だ」

 威風堂々って、なんとなく意味が分かる。ツリ目男子を見ると、特に。

「名前に負けないくらい、堂々としているよね」
「……それ褒め言葉かよ」
「もちろん!」

 さて、皆の四字熟語は分かったよ。問題は、呼び名。何て呼ぶべきかな? 四字熟語で読んでいたら、長いよね。

「どうせなら名前で呼びたいなぁ」
「「「……」」」

 するとツリ目くんは紙とペンを持ち、メガネ男子くんはメガネのブリッジをクイッと上げた。茶髪男子は「そうだねぇ~」と、笑いながら目を伏せる。

「威風堂々は、やっぱ〝堂〟っていう漢字が必要だよね?」
「それ言ったらみんな同じじゃないか?」
「確かに。あまりにかけ離れた名前だと、お前だれ?って、なりますよね」
「じゃあ、この漢字は?」
「同音異義語ですか、いいですね」
「じゃあ、俺はちょっと難しいけど、この漢字を使おうかな」

 男子たちは元が四字熟語なだけあって、大人が知っているような難しい漢字も知っているらしい。メモ用紙の上に、私の知らない漢字が次々に書き連ねられていく。
 そして五分後。あっさりと自分たちの名前を決めた男子たちは、改めて自己紹介を始めた。

「威風堂々の、堂島 颯(どうじま はやて)だ」
「豪華絢爛の、早乙女 蘭(さおとめ らん)だよ~」
「快刀乱麻の、魁 統矢(かい とうや)です」

 カッコイイ名前が勢ぞろい。私はメモ用紙に視線を落としながら、それぞれの名前を頭に入れる。みんな素敵な名前だなぁ。
 すると、威風堂々――颯くんが追加で何かを書き足した。

「一騎当千の名前も決めた。千國 一輝(せんごく いっき)だ」

 私が「いいね」というと、三人は嬉しそうにした。やっぱり一輝くんのことが大切なんだなって、皆の顔を見てれば分かる。

「さ、名前も決まったことだし」
「次は部屋を決めますかね」

 ん? 颯くんと謄矢くんの声に、耳を疑う。誰の部屋だって?
 すると蘭くんが「俺は広くてキレイな部屋がいいなぁ」とポロリ。もちろん、そんな部屋はないのだけど、明らかに三人は我が家を物色していた。

「ちょ、ちょっと! まさか私の家に住もうとしてるの⁉」

 すると先頭を歩く颯くんが、階段をのぼる足を止める。

「当たり前だろ。俺ら、行く所ないんだもん」
「もん……って言われても」

 あなたたち三人を住まわせる部屋は、この家にだってないよ!
 だけど彼らは元は四字熟語で、いきなり人間界に現れた。それなのに、このまま外へ放り出すのは……確かに、かわいそうな気がする。

「き、聞いてみるだけだからね。お母さんが〝ダメ〟って言ったら、ごめんけど諦めてね?」

 そう言うと、統矢くんだけは「器が狭いですね」なんて嫌味を言ったけど、残り二人は素直に頷いた。その健気さが、ちょっとだけ……いや、かなり良心が痛んで。仕事から帰ったお母さんを土下座で出迎える。結果は、私が一人っ子だから部屋は余っているらしく、一緒に住むことがすんなり決まった。

 ❀

 次の日、四字熟語の皆は、なぜか私と同じ制服に身を包んだ。いや、同じといっても男女の違いはあるけれど。ストライプの緑色ブレザーが、三人ともよく似合っている。

「みんなイケメンだもんね……ん?」

 そもそも、どうして制服に着替えているの? 一階でみんなで一緒に食パンを頬張っている時に覚えた違和感。唯一、まともに話が出来そうな蘭くんを見る。すると蘭くんはイチゴジャムを口の端につけたまま、

「今日から同じ学校の生徒になるから、よろしくね~」
「えぇ⁉」

 聞いてないよ! しかも昨日の今日で、どうやって学校の準備をしたの⁉ 見ると、お母さんが廊下をスキップしている。あぁ、お母さん。四つ子になった気になって、張り切って準備したんだ……!

「学校に行かなくていいんじゃない?」と言おうと思ったけど、お母さんの上機嫌な顔を見ると、とてもじゃないけど言えないや。
 だけど、まるで遠足前の幼稚園児並みにソワソワしている三人を見ると、不安だ。絶対なにか〝しでかす〟よね? 例えば、私と同居していると言っちゃうとか!

「みんな、私と一緒に住んでいることは絶対に内緒だからね!」
「「「なんで/だよ/ですか?」」」

 見事に揃った。項垂れながら、蘭くんからイチゴジャムの瓶を受け取る。塗りながら「あのね」と、口が酸っぱくなるほど注意をうながす。

「みんなほどのカッコイイ男子たちが、私なんかと一緒に住んでいるって知られたら、大事件なの。周りの女子から〝どうして萌花ちゃんだけ?〟って反感を買うんだよ」

「勝手に思わせておけばいいだろ」と颯くん。あまりの潔さに、いっそ気持ちがいい。

「だけど私は、そういう声を無視できるほど強いハートは持っていないから……だから、お願い。私の家に住んでいることは、絶対に内緒ね!」

 パチンと両手を合わせると、颯くんと蘭くんは頷いてくれた。統矢くんは眉間にシワを寄せている。ダメなお願いだったかな? 心配していると、統矢くんは意外な提案をしてくれた。

「何かあった時、僕に相談してくれませんか?」
「「げ……」」

 統矢くんが、私へ提案してくれる。まさか困った時は遠慮なく相談してくださいってことなのかな? 今まで統矢くんって、なんとなく冷たくて近寄りがたい雰囲気があったけど、根は優しい人なんだ!

「ありがとう、統矢くん」

 だけど「げ」って言った二人が気になる。統矢くんがあぁ言ったことに、何か問題があるのかな? 聞こうとしたけど、朝ごはんを食べ終えたみんなが次々に席を立つ。
「先いくわ」と、颯くんがピカピカのカバンを背負った。その後「ごちそうさま」と手を合わせた統矢くん。最後に、マイペースに支度をした蘭くんが順番に出て行った。もちろん私は三人と同居しているなんて知られたくないから、時間をおいて登校する。だけど学校のみんなに秘密……なんてドキドキしてしまって、登校中は妙にソワソワしてしまった。

 朝の会が終わった後――担任の先生が「入りなさい」と、一人を招く。絶対に、三人の内の誰かだ。誰が来るんだろう? 私の背筋がシャキッと伸びる。集中してみていると、颯くんが入って来た。

「堂島颯だ、よろしく」
「「「「「「「キャー! カッコイイ~!」」」」」」

 ぶっきらぼうな挨拶さえ魅力的なのか、颯くんは自分の席へ座るまでの間、黄色い声を浴びまくりだった。すごい……登校初日からクラスの人気ナンバーワンだよ! でも周りの男子が歯を食いしばっている。なぜなら、クラスで一番人気の綾 恋(あや こい)ちゃんも、目をハートにして颯くんを見ているから。

「さすが颯くん。クラスのマドンナさえも魅了しちゃうなんて……」

 とにもかくにも、クラスに上手く溶け込めたなら良かった! 颯くん=四字熟語だとは、誰も思っていないみたい……いや、普通は思わないか。

「じゃあ授業を始めよっかー」

 担任の先生こと、おっとりのひよ先生が国語の教科書を開く。しかも「さっそくだから堂島くんに読んでもらおうかな」って指名しちゃった。漢字が分かるくらいだから、ひらがなも読めるだろうけど……不安になって颯くんを見る。
 すると颯くんは「今まで百万回音読した?」っていうくらい、スラスラと読んじゃった! 思わず拍手していると、私を見つけた颯くんが、口をパクパクと動かした。

 統矢には気をつけろ――

 統矢くん? 気を付けるって、何をだろう?
 同じく口パクで「何が?」と返すと、ひよ先生に見つかってしまう。颯くんの続きから音読をすることになり、はぁとため息。実は私、音読が苦手なんだ。訓読みと音読みが混じっちゃって、頭がパニックになっちゃうの。

「四字熟語は好きなのに、どうして漢字は苦手なんだろう……」

 うなだれながら、音読を開始する。さっきの颯くんの比にならないくらい、ゆっくり読み進めた。

 ❀

 蘭くんが一組、統矢くんが三組になったと知ったのは下校中のことだった。
 現在、同じ学校の生徒が通らない道を選んで、四人は並んで帰っている。

 どうやら他の二人も颯くんと同じらしく、クラスで人気者になったらしい。特に蘭くんは来るもの拒まずだから、休み時間ごとに女子に囲まれたんだって。統矢くんは教室でどんな感じだったか教えてくれなかったから、明日、三組の前を通ってみようかな。

 そういえば、今日の授業中。颯くんが言った「統矢には気をつけろ」って、どういう意味なんだろう?
 いま聞いちゃおう、と颯くんを見る。だけど颯くんは目を見開いたまま止まっていた。蘭くんも、統矢くんもだ。いつも表情を変えない統矢くんが、眉間にシワを寄せ怒っている。

「ど、どうしたの。みんな?」

 心配して声をかけると、みんなはハッとした後。ある一点を見つめながら、重たい口を開く。

「いたぞ、一騎当千だ」