「先輩、好きです。付き合ってください」



その声がカウンター越しから聞こえた瞬間、私は幻聴だと思った。


しかし、その幻聴の後に聞こえてきたキャーとか何だ何だという周りの声でそれが幻聴ではないことを思い知る。


第一王木高校、図書室。

普段静かなこの場所は、ちょっとやそっとの事ではこんなに騒がしくはならない。


図書委員である私、針山麻美《ハリヤマアサミ》はそのことをよく知っていた。



「え、えっと……そう言う本のタイトル?」



そう言って、とぼけてみる。


どうかそうであってくれと小さな希望を込めて。



「違います。ちゃんと先輩に対して言っています」



私の小さな希望はすぐに粉々になった。


いやいや待て待て落ち着け私。

よく考えても普通、他の人がいる前で告白する!?


しかも目の前の明るい茶髪……しかもかなりのイケメン……の彼について私は全然知らなかった。

心当たりの『こ』の字すらない。


本のタイトルじゃないならば、答えは1つ。



「……もしかして、罰ゲーム?」

「いいえ。俺にそんな酷い罰ゲームをさせるような友達はいません」



罰ゲームをやらされている訳ではないらしい。

じゃあ一体何なのだ。


…………てかよく聞いたら今、『そんな酷い罰ゲーム』って言ったよね!?

今の状況が酷いって分かってるじゃん!?


そこまで思って私はもう1つの答えを思いついた。


それならつまり―――



「セルフ罰ゲーム?」

「どうしてそうなるんですか!?」



驚かれてしまった。


それと同時に、クスッと小さく笑う声が私の耳に届いた。


その声に、私はハッとする。


そうだった。

目の前のコイツは他の人達がいる前で告白してきたヤバイ奴だった。


流暢にコントみたいなことをやっている場合では無かったのだ。


そう思い直して、先ほどの告白の返事をする。


「ええっと、その……私、あなたのことよく知らないし……。申し訳無いけど付き合えないっていうか………」



キツイ言葉にならないように注意しながら、拒否の意を示す。


それと同時にええ〜という野次馬の声。


少し目線をそらして周りを見てみると、図書室の外にも人がいた。


いつの間に……。


情報の出回る速さに驚きながら、元凶の彼に目線を戻すと



「そうですよね……」



しょんぼりとしていた。


まあ、振られたんだからそんな反応になるよね。


…………この空気、どうしよう。


私が断ったせいで周りも含め、なんともいえない空気になっていた。


いや、そもそも彼が人気のない場所で告白すればこうはならなかったんだけど。


やっぱり、何か声をかけてあげたほうが良いかな?


そう思い、私は口を開いた。



「あの―――」

「―――分かりました」



…………え?


予期せぬ言葉に私の口はポカンと開いたままになる。


それから彼はさっきのしょぼくれた顔は何処へ行ったのか、笑顔でこう続けた。



「それなら、また明日もここへ来ます!」

「…………うん?」

「それで、もっと俺のこと知ってください!」

「ち、ちょっと待って。そういう問題じゃ―――」

「それでは先輩、また明日!」



彼は私の返事も待たずに、一方的に会話を終わらせると、図書室の出口へと走りながら向かう。


―――ヤバイ。


彼を追いかけようと、私は椅子から立ち上がる。


それと同時に、彼はあっと小さく呟き私の方へと振り向いた。


「そうだった。俺の名前、言ってませんでしたね」



そう言うと彼は遅すぎる自己紹介をした。



「俺、1年B組の佐藤遍《サトウアマネ》って言います。今後ともよろしくお願いしますね、先輩!」



そう言ってにっこり笑う。


彼の笑顔を見た瞬間、妙な既視感が私を襲った。


―――あれ?この表情、どこかで見たことあるような……?


そんな彼は、すぐさま私から背を向けるとまた出口に向かって走り出していた。



「あ、ちょっと待って!」



慌ててそう叫んで、廊下を見たものの時すでに遅し。


彼の背中はもう見えなくなっていた。


佐藤遍。

私から見て1つ下の後輩。


どうやら私は、ずいぶんと変な後輩に好かれてしまったようです。