ルミエールの作る宝石は、瞬く間に評判となった。
「ブランネージュの涙」と名付けられたその宝石は、魔力を増幅させる効果があり、王都の貴族たちの間で高値で取引され始めたのだ。
皮肉なことに、ルミを追放した王都の人々が、ルミの作った宝石を奪い合っている。
そして、その噂は、当然ながらヴァーミリオン家にも届いた。
王都、ヴァーミリオン邸。
ミエルは、手に入れた「ブランネージュの涙」を床に叩きつけた。
「何よこれ! あのお姉様が、こんな綺麗なものを作れるわけないじゃない!」
宝石は砕けない。ミエルの嫉妬を吸って、むしろ輝きを増している。
父ロランが、書状を片手に入ってきた。
「ミエル、落ち着け。……調べがついた。ルミエールは、ブランネージュ辺境伯に囲われているらしい」
「辺境伯? あの野蛮な?」
「ああ。だが、この宝石の利益は莫大だ。あれだけの才能があるなら、追放などするのではなかった」
ロランの目には、娘への愛情などなく、あるのは「金蔓」を見る強欲な光だけだった。
「手紙を書く。……『許してやるから戻ってこい』とな」
ミエルは、歪んだ笑みを浮かべた。
「ええ、そうねお父様。お姉様は、私の引き立て役だもの。勝手に幸せになるなんて、許さないわ」
ブランネージュ領の屋敷に、一通の手紙が届いた。
差出人は、ロラン・ヴァーミリオン。
封蝋の紋章を見た瞬間、ルミの顔から血の気が引いた。
指が震える。呼吸が浅くなる。
トラウマ。
条件反射的な恐怖。
テオが、心配そうにルミの背中を支えた。
「ルミエール、無理して読まなくていい。俺が捨ててこようか?」
「……いいえ。読みます」
ルミは、震える手で封を切った。
中には、短い命令文が入っていた。
『家名を汚した罪を、特別に許してやる。直ちに帰還し、家の利益のために働け。さもなくば、お前を匿っている辺境伯にも迷惑がかかると思え』
謝罪などない。
あるのは、傲慢な命令と、脅迫だけ。
ルミの視界が歪む。
——帰らなきゃ。
——言うことを聞かないと、殴られる。
——テオ様に迷惑がかかる。
古い思考回路が、ルミを支配しようとする。
「奴隷」としての本能が、服従を叫ぶ。
だが。
パフが、ルミの足元で「がるるっ」と怒りの声を上げた。
テオが、ルミの手から手紙を取り上げ、握りつぶした。
「ふざけるな」
テオの声は、地の底から響くように低かった。
「許す? 罪を償え? ……罪を犯したのは、あいつらの方だ」
テオは、ルミの肩を強く抱いた。
「ルミエール。君はもう、あの家の道具じゃない。君は、ここで生きると決めたんだろう?」
テオの体温。
パフの鳴き声。
工房での日々。
それらが、ルミを「今」に引き戻す。
「……はい」
ルミは、顔を上げた。まだ震えは止まらない。でも、瞳には光が宿っていた。
「私は……帰りません。ここが、私の居場所です」
それは、ルミが初めて、父の命令に「NO」を突きつけた瞬間だった。
手紙への返事は出さなかった。
それが、最大の拒絶だった。
だが、ルミには分かっていた。
彼らが、これで諦めるはずがない。
特に、ミエルは。
彼女の執着心は、異常だ。自分の所有物が勝手に幸せになることを、絶対に許さない。
夜、ルミは窓の外の雪景色を見つめた。
吹雪が近づいている。
風の音が、まるでミエルの笑い声のように聞こえた。
『……来る』
ルミの直感が告げていた。
蜂蜜色の毒が、この白い雪の世界を侵しに来る。
ルミは、自分の胸元にある、テオから貰ったマフラーを握りしめた。
——守らなきゃ。
——私の大切な人たちを。
——もう、泣いているだけの子供じゃない。
「ブランネージュの涙」と名付けられたその宝石は、魔力を増幅させる効果があり、王都の貴族たちの間で高値で取引され始めたのだ。
皮肉なことに、ルミを追放した王都の人々が、ルミの作った宝石を奪い合っている。
そして、その噂は、当然ながらヴァーミリオン家にも届いた。
王都、ヴァーミリオン邸。
ミエルは、手に入れた「ブランネージュの涙」を床に叩きつけた。
「何よこれ! あのお姉様が、こんな綺麗なものを作れるわけないじゃない!」
宝石は砕けない。ミエルの嫉妬を吸って、むしろ輝きを増している。
父ロランが、書状を片手に入ってきた。
「ミエル、落ち着け。……調べがついた。ルミエールは、ブランネージュ辺境伯に囲われているらしい」
「辺境伯? あの野蛮な?」
「ああ。だが、この宝石の利益は莫大だ。あれだけの才能があるなら、追放などするのではなかった」
ロランの目には、娘への愛情などなく、あるのは「金蔓」を見る強欲な光だけだった。
「手紙を書く。……『許してやるから戻ってこい』とな」
ミエルは、歪んだ笑みを浮かべた。
「ええ、そうねお父様。お姉様は、私の引き立て役だもの。勝手に幸せになるなんて、許さないわ」
ブランネージュ領の屋敷に、一通の手紙が届いた。
差出人は、ロラン・ヴァーミリオン。
封蝋の紋章を見た瞬間、ルミの顔から血の気が引いた。
指が震える。呼吸が浅くなる。
トラウマ。
条件反射的な恐怖。
テオが、心配そうにルミの背中を支えた。
「ルミエール、無理して読まなくていい。俺が捨ててこようか?」
「……いいえ。読みます」
ルミは、震える手で封を切った。
中には、短い命令文が入っていた。
『家名を汚した罪を、特別に許してやる。直ちに帰還し、家の利益のために働け。さもなくば、お前を匿っている辺境伯にも迷惑がかかると思え』
謝罪などない。
あるのは、傲慢な命令と、脅迫だけ。
ルミの視界が歪む。
——帰らなきゃ。
——言うことを聞かないと、殴られる。
——テオ様に迷惑がかかる。
古い思考回路が、ルミを支配しようとする。
「奴隷」としての本能が、服従を叫ぶ。
だが。
パフが、ルミの足元で「がるるっ」と怒りの声を上げた。
テオが、ルミの手から手紙を取り上げ、握りつぶした。
「ふざけるな」
テオの声は、地の底から響くように低かった。
「許す? 罪を償え? ……罪を犯したのは、あいつらの方だ」
テオは、ルミの肩を強く抱いた。
「ルミエール。君はもう、あの家の道具じゃない。君は、ここで生きると決めたんだろう?」
テオの体温。
パフの鳴き声。
工房での日々。
それらが、ルミを「今」に引き戻す。
「……はい」
ルミは、顔を上げた。まだ震えは止まらない。でも、瞳には光が宿っていた。
「私は……帰りません。ここが、私の居場所です」
それは、ルミが初めて、父の命令に「NO」を突きつけた瞬間だった。
手紙への返事は出さなかった。
それが、最大の拒絶だった。
だが、ルミには分かっていた。
彼らが、これで諦めるはずがない。
特に、ミエルは。
彼女の執着心は、異常だ。自分の所有物が勝手に幸せになることを、絶対に許さない。
夜、ルミは窓の外の雪景色を見つめた。
吹雪が近づいている。
風の音が、まるでミエルの笑い声のように聞こえた。
『……来る』
ルミの直感が告げていた。
蜂蜜色の毒が、この白い雪の世界を侵しに来る。
ルミは、自分の胸元にある、テオから貰ったマフラーを握りしめた。
——守らなきゃ。
——私の大切な人たちを。
——もう、泣いているだけの子供じゃない。

