雲の花嫁

 そんな日々がひと月ほど続いたあと、クロードが険しい顔で呟いた。


「よくないな」

「クロード様?」


 付き従うユイはクロードの指差した先を覗きこむ。

 ――純白の雲に、深々と亀裂が走っていた。

 ユイは顔をしかめる。
 その裂け目は黒く焦げ、微かに雷光を散らし、不穏な音を響かせていた。


「これは……?」

「地上から無理に雲をこじ開けて侵入しているせいで、歪が発生しているんだ。今は小さいけれど、やがて大きくなれば嵐となり、地上を飲み込んでしまう」

「そんな……」

「ユイ。潮時だ」

「……嫌でございます!」


 クロードの手がユイの頬を撫でた。
 その手は、最初と同じように冷たくて、でも優しくユイを包む。


「悪いのは地上の民ではありませんか! クロード様は約束をお守りですのに、有りもしない火種を作って争いを起こして……! わたくしは、あなた様の妻です!!」

「ユイ。君がここにいる限り、彼らに安寧は訪れないんだよ。……それに、君だっていずれは僕より先に逝く。それが少し早まるだけだ」

「クロード様……」


 ユイは堰を切ったように涙を溢し、ただ泣くことしかできなかった。
 流れ落ちる涙は、足元の暗雲に呑まれ、影の底へと沈んでいった。
 彼女もわかってはいるのだ。
 地上に戻れば彼らが雲上へ攻め入ることはなくなり、歪もやがて収まる。
 しかし、そのためにまたもや自分が贄にされるのか?
 今度は最愛の方まで巻き込んで。


「……わかりました」


 ユイは唇を噛んだ。
 小さな拳を血がにじむほど握り締め、涙に濡れた瞳でクロードを仰ぎ見た。
 足元で暗雲がゴロリと唸り声を上げた。


「わたくし、村へ戻らせていただきます。……ですが、あなた様の妻をやめるつもりはありません!」

「ユイ……?」


 ユイは震える身を正し、気高く背を伸ばして、口元にそっと手を添えた。
 クロードは彼女を抱き上げ、耳を寄せた。


「お願いがございますの」


 聞き終えたクロードはふふっと笑った。


「承知した。我が妻よ。君は、いつまでも僕の妻だ」

「はい。……よろしくお願いいたします。最愛の方」


 二人は互いをひしと抱き締め、言葉ならぬ想いを胸に託して、別れを告げた。