雲の花嫁

 そして幾年ののち、ユイは久方ぶりに生まれ育った山村を、雲の上より覗き見た。
 ――そこでは、争いの支度をしていた。


「雲神ってのは、本当に村を守ってくれるのか?」

「ユイは、もう食われちまったのかよ」

「神様なんて、見たこともないのにあてにできるか!」


 俯く母の肩を抱いて、カイルが司祭に食って掛かっている。
 その背後には、武具に身を固めた男たちが、重々しく首を垂れていた。
 彼らの頭上に広がる暗雲のただ中で、ユイは息を呑んだ。


「……なんてこと」

「ユイ」


 静かに呼ばれて、ユイは隣りに立つクロードを見上げた。
 彼の顔には、なんの表情も浮かんでいない。


「ユイ……僕は」


 クロードが最後まで言い終える前に、カイルを先頭とした男たちが祭壇へと向かう。
 ユイが振り返ると、雲が突き破られ、槍や剣が振りかざされるところだった。


「こんなもの、僕に効きはしないのに」


 クロードは低く呟き、手をひと振りした。
 男たちは暗雲に呑まれ、地の底へと引きずり落とされた。


「ユイ、ユイ……! 必ず助けるからな!!」


 カイルの悲痛な叫びがこだまする。


「クロード様……」

「……僕がいる限り、空と地上の民は和解は難しいらしい」

「そんなこと……! わたくしは、あなたさまをこんなにもお慕いしております!」


 ユイは涙に霞む瞳で、クロードの手を強く取った。
 その手は、刃が当たったのか、いくつか切り傷ができていた。
 されど傷は瞬く間に癒え、ただ彼女と対をなす白銀の環のみが残った。


「しかし、彼らはそうは思っていないらしい」


 クロードの言うとおりだった。
 カイルを先頭に、村人たちは幾度となく雲上へ攻め入るようになった。