雲の花嫁

 ユイはきつく(まぶた)を閉ざしたが、いくら待てども痛みは訪れなかった。
 それどころか、髪は指先にて優しく梳かれている。


「……あの……?」

「なんだい?」

「わたくしをお召し上がりになるのですよね……?」

「ん? 僕は神様だから、飲み食いはしない。信仰心があれば、生きていけるからね」

「では、なんのために(にえ)をお求めになるのですか……?」


 ユイは困惑に胸を乱しながらも、村の古きしきたりを語り伝えた。
 村のための生贄として、訪れたのだと。
 そのために生を捨てて参ったことを手短に。


「ああ……。長きに渡ると、寂しいからね。妻を求めたんだよ。それがどこかで食い違ったらしい。立てるかい? 着いておいで」


 クロードは静かに立ち上がり、白銀の袖を揺らしながら、ユイへと手を差し伸べた。
 しばし逡巡したのち、ユイはその手を取った。
 触れた掌はひんやりと冷たく、どこか現し世の温もりを離れた感触であった。

 導かれた先は墓所であった。
 されど陰鬱さは微塵もなく、澄み渡る蒼穹と清冽な空気に抱かれている。


「今までの妻たちだよ。人間は脆いから、六十年もすれば朽ちてしまう」

「だから、百年おきに贄……妻を求めてらしたのですか?」

「うん。妻の実家を無碍にはできないから、村の安寧(あんねい)を約束していたけど……、それが年月の間にずいぶんねじ曲がったみたいだ」


 クロードは自嘲の笑みを浮かべ、その白銀の髪を風に遊ばせた。
 ユイの眼前に並ぶ墓石は、いずれも丁寧に手入れが施されていた。
 ……ユイの父の墓と同じように。