雲の花嫁

 やがて、母が亡くなり、司祭も代替わりした。
 ユイも老いを重ね、起き上がることも出来なくなった。
 ある朝、ユイは祭壇に作らせた寝所で横になり、薄青い空を見つめていた。


「ユイ様」

「はあい」


 甲高い子供の声が、ユイを呼んだ。
 ゆっくりと顔を向けると、ひんやりとした風と司祭の幼いひ孫が、おそるおそる祭壇の間に忍び込んでくる。


「ユイさま、かみさまのおはなし、してください」

「ええ、ええ。もちろんです。それはそれは、素敵なお方なのよ」

「……そこにいらっしゃる、おにいさんみたいにですか?」

「え……?」


 ユイの体がふっと軽くなった。


「迎えに参った」

「あら……遅くなりまして、申し訳ございません」

「なに、地上の民の寿命など、僕には一瞬のことだ。……とはいえ、愛しい君を待つには、いささか永く感じたがね」


 差し出された手を取って、ユイは振り返った。
 少年が目を丸くして二人を見上げている。


「ねえ、お父様を呼んでこれる?」

「うん!」

「じゃあ、ユイはお迎えが参りましたので、失礼いたしますと伝えてもらえる?」

「はい、わかりました、ユイさま。……かみさまも、さようなら」

「はい、さようなら。……生贄は、このわたくしをもって終わりでございます」

「それも、つたえる?」

「お願いします」


 パタパタと走り去る少年に背を向けて、ユイはクロードを見上げた。
 微笑みあった二人は、静かに白い雲の上へと登る。


 白い雲の上に降り立つと、風がそっと裾を揺らした。
 ユイはその胸に抱かれ、安堵のように目を閉じる。
 もう、別れも、恐れもない。
 ただひとりの夫の腕の中で、永遠に生きていけるのだから。


「これからも、ずっと一緒に」

「ええ、どこまでも」


 二つの声は静かに溶け合い、果てしない空の彼方へと続いていった。