翌朝、私は穂乃果にメッセージを送った。
『今日、本社に来るって言ってたよね? ランチって空いてる?』
返事はすぐに来た。
『空いてるよ。どうしたの? 茉白から誘ってくれるなんて珍しいじゃん』
確かに、平日のランチを私から誘うのはあまりない。
でも、今は誰かに話を聞いてほしかった。でないと、私の頭がおかしくなりそうだったから。昨日もあまり眠れなかった。
視察、候補地……。そのために私に優しくしてたかもしれない綾斗さん。
もう、どうしたらいいかわからない。
ため息をつきながら穂乃果との待ち合わせ場所へと向かう。今日は朝から雨が降っていたため、ランチタイムの時間でもいつもの店は比較的空いていた。
「茉白」
穂乃果は手を上げて居場所をアピールする。そして私の顔を見た瞬間、表情を変えた。
「……何かあった」
「うん……」
「話して」
穂乃果はメニューも開かずにそう言った。こういう時の穂乃果は早い。私は少し俯いてから、口を開いた。
「穂乃果はうちの実家がある地域がホテル建設の候補地って知ってた?」
「初めて聞いた。なにそれ……、候補地って……うちの会社の?」
「うん。昨日、真田さんから直接聞いたの」
小さく笑って見せると、穂乃果は眉を寄せた。
「真田さんが?」
「うん。次の帰省に合わせて視察もしたいって、綾斗さんが言っているって……」
「それって……」
「綾斗さん、最初から仕事目的だったのかも。婚活パーティーで連れ出してくれたのはたまたまだけど、私の実家を聞いて、視察のためにはちょうど良いって思って婚約者のフリを引き受けてくれたのかな」
真田さんは、社員の実家が候補地にあるのは都合がいいと綾斗さんが言っていたと話していた。
私は綾斗さんにとって都合のいい存在なだけだったのだ。
どういう顔をしていいのかわからなくて、私は半笑いの状態で穂乃果に話す。しかし、穂乃果は真っすぐ真剣な顔で私を見ていた。
「全部、仕事のためだったみたい。バカみたいだね、私。綾斗さんの優しさを勘違いして、勝手にときめいて好きになって……。もう恥ずかしくって……。私なんかが専務に近づけるはずないのにね」
ハハハと笑うと、穂乃果はテーブルの上の私の手をそっと包んだ。
「茉白、また始まってるよ。'私なんか'」
「あ……」
つい口から出た言葉を指摘され黙り込む。
穂乃果はちょうど通りかかった店員にランチセットを二つ注文した。そしてすぐに持ってきてくれたサラダをフォークで突きながら静かに言った。
「茉白の地元が視察の候補地にあったのは事実かもしれない。でもさ、それだけの理由で婚活パーティーの夜に部下を連れ出すかな? それだけの理由で婚約者のフリする? 親にまで紹介されるのに」
「……」
「会議室で様子を見に来てくれたのも、ランチに連れて行ってくれたのも、ドレスが似合っているって言ってくれたのも……。藤宮専務の優しさ全てが仕事のためなのかな?」
穂乃果の言葉が一つずつ胸に突き刺さる。
言いたいことはわかっている。でも……。
「……確かなことは何もないじゃない」
「そうだね」
穂乃果はあっさり頷いた。
「確かなことは何もないね。そんなの藤宮専務しかわからない。だったらさ、聞いてみればいいのよ」
「え……、そんなの聞けるわけないよ」
「なんでよ?」
不思議そうにこくんと首を傾げるが、私は小さく首を横に振った。
「無理。だって、本当に仕事目的だったら……」
仕事の時に見るあのクールな表情で、「そうだ」「当り前だろ」「それ以外に何がある?」なんて言われたら……。
「傷つくから嫌?」
「……うん」
だから私は勝手に距離を置こうとしている。すると、穂乃果は小さくため息をついた。
「茉白、怖いのはわかるよ。でも、ちゃんと確かめないで勝手に傷つくのは違うんじゃない?」
「穂乃果……」
穂乃果は優しく微笑んだ。
「藤宮専務には専務なりの言い分があるかもしれないよ」
「言い分……」
「言い訳くらい聞いてあげたら?」
フフっと笑う穂乃果につられて私も小さく笑みがこぼれる。穂乃果のこの切り替えの早さに少し救われた気がした。
確かめる勇気がすぐに出るかはわからない。でも、穂乃果の言葉は胸の中に残った。
綾斗さんなりの言い分……か。



