婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~


庭に出れるというので、食後私たちは日本庭園へ降り立った。
小さな石畳を踏み外さないように慎重に歩く。庭の先には小さな池があった。石橋の上から屈んで中の鯉を覗くと、水面に綾斗さんも同じように覗く姿が映し出された。

「日本庭園といったら池に鯉ですね」
「まぁな」
「口を開けている。お腹空いたのかな……」

さらに覗き込もうとして、ふらついて小さくバランスを崩す。

「キャッ」
「危ない!」

綾斗さんがとっさに私を抱きかかえた。

「大丈夫か」
「はい……」

浅い池とはいえ、落ちていたら濡れていた。ホッとしたのと同時に、私は今の状況に固まる。
綾斗さんのネクタイの結び目が目の前にある。背中には綾斗さんの力強い腕の感覚。抱きしめられているとわかるまでに、そう時間はかからなかった。

「あ、す、すみません!」

離れようとするが、抱きとめてくれた腕がほどかれない。

え……、綾斗さん?

戸惑いながら顔をあげるが、綾斗さんは私の肩に顔を埋めるようにして一瞬ギュッと抱きしめるとすぐに腕をほどいた。

「悪い。行こうか」
「はい……」

綾斗さんは顔を背けるようにして先を歩きだす。その背中を呆然と見つめた。

何、今の……。

先を行く綾斗さんは振り返らず、説明をしてくれない。

私は一人、真っ赤な顔をして戸惑うばかりだった。