バージンロードを歩くシーンで、茉白が腕に手を添えてきた。
力が入っており、緊張しているのが伝わってくる。
「力を抜け。カメラに伝わるぞ」
「……はい」
深呼吸する気配がして、少しづつ力が抜けていく。隣にいる気配が妙に自然だった。
帰省の時にも思ったが、茉白がいるとどこに居ても落ち着いてしまう自分がいる。それが何を意味するのか……。ずっと、深くは考えないようにしているが……。
祭壇で向かい合った時、茉白は目を逸らした。
「目を逸らすな」
「逸らしていません」
「今逸らしかけただろ」
「……していません」
小声で言い返してくる。
その頑固さが、なんだかおかしくて口角が上がってしまう。
すると今度は茉白が真っすぐ俺を見ていた。
緊張しているくせに、逃げない目。こういう所が、最初から気になっていたのかもしれない。
「綾斗さん……」
専務ではなく、名前で呼ばれた。
小さな声はカメラマンにもスタッフにも届かない。俺にしか聞こえない声。
「何だ」
「……緊張します」
「知っている」
「助けてください」
思わず笑いそうになった。
こういう時に素直に助けを求めるところがこの人らしい。
「だから俺を見ていろと言っただろう」
出来る限り、穏やかな声を出した。
茉白に向ける声は、気が付けばいつもそうなっている。怖がらせたくはない。
そう思うのだ。
「そう言えば、宿題は出来たか?」
「あ……、いえ……」
先日出していた宿題。俺がこの仕事の担当を茉白に指名した理由。普段は誰かを指名して仕事することなんてほとんどないのだが……。
企画部からこの企画を聞いた時、広報担当者として茉白が浮かんだ。
もう仕事でしか接点がない。そう思ったら、担当者として自然と名前をあげていたのだ。
「わからないか。まぁいい」
「え、教えてくださいよ」
「教えたら、もっと緊張するだろう?」
「え……、どういう……」
首を傾げながら混乱する顔が小動物で可愛らしい。
府と笑みを浮かべると、茉白は不満そうに小さく口を尖らせた。
「不満そうだな」
「当り前です」
「花嫁がそんな顔するな」
「じゃあ教えてください」
また一緒に話したかった。
そう言ったらどんな顔をするのだろう。……まぁ、言わないけれど。
「……答えは、俺が茉白と仕事がしたかった。ただそれだけだ」
「え……」
目を丸くしている茉白と見つめ合う。
その瞬間、監督から声がかかって現実へと戻った。
そして、ついに最後のシーン。多少疲労感を感じながら、茉白の手を取るとその手は冷たかった。
「……緊張しているな」
「していません」
「手が冷たい」
「……寒いんです」
ほらまた。強がりを言うのもいつも通り。最後の最後まで緊張しっぱなしなのも大変だな。
俺は何も言わず、包む手を少し強めた。温めてやろうと思ったわけではなく、ただそうしたかった。それだけだ。
すると、茉白の目がわずかに揺れた。目の奥が潤んでいるように見えた。
やめろ、泣くなよ? 泣かれたら俺がどうにかなってしまいそうだ。
監督の終了の声で茉白は視線を外した。繋いでいた手が離れる。
思ったよりもあっけないな……。
そのぬくもりが消えていくのを感じながら、俺は平静を装ってスタッフの方へ向き直った。
「ずっと見てたけど最高だったよ、二人とも! 特に最後のシーン! 本物のカップルみたいだった」
椎葉が嬉しそうに言うのに苦笑した。
本物みたい……か。本物ではない。そんなことわかっている。茉白もそう思っているだろう。
……だから何もできない。できないのに……。
茉白が着替えのために控室へ向かおうとした背中を、俺はそっと呼び止めた。
もちろん周囲にスタッフがいないのを確認してから。
「茉白」
振り返った顔がまだ赤い。
「……お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「巻き込んですまなかったな」
「いえ……、これも仕事の一環ですから」
笑顔を作って言う茉白に、なぜだか俺は胸が痛んだ。
仕事か……。まぁ、そうなんだけど……。なんだ? なんでこんなに苦しい?
仕事と線を引かれたことに胸の奥が痛んだ気がした。
「そうか」と呟いてから、何か言わなきゃと思った。
会話を……、なにか。
「……ドレス、良く似合っていた」
「え……」
驚いて目を丸くする顔がなんだか小さな動物の様だ。微かに口角をあげて、茉白が何か言う前にその場を立ち去った。
ダメだ、なんだか調子が狂う。こんなこと言うガラではないのに。
そもそも、似合っているなんて始めに言った方が自然だろう。
俺は静かに息をついた。
「……参ったな」
また同じ言葉が出た。
婚活パーティーの夜も、デートの帰りも新幹線の中でも……。何度同じ言葉を呟いただろう。
なぜこんなにも茉白のことが頭から離れないのか。
会議室で様子を見に行ったのも、ドレス姿に目を奪われたのも、手が冷たいと気づいた瞬間に温めたくなったのも……。
仕事上の気遣い? 本当にそうか? だったらなぜあんなに距離が近くなってしまった?
なんで指名してまで一緒に話がしたいと思った? 俺は……。
答えを出す前に、真田が近づいてきた。
「専務」
その顔を見て小さく息を吐く。
「わかっている」
「……いえ、何も申し上げていませんが」
「お前の言いたいことくらいわかる」
真田はポーカーフェイスだが、長年こうして仕事をしていると空気で言いたいことくらい分かるようになってきた。
今、一番言われたくない言葉。
それでも真田は少し間を置いてから静かに言った。
「……今日の専務、いつもと違いましたよ」
だから、わかっているって言っただろ。
俺は小さくため息をついた。そんなこと、俺が一番よくわかっている。
「そうか」
「ええ、私がこの数年お側にいて初めて見る顔でした」
真田は無表情で俺をじっと見てから、「打ち合わせの時間が迫っているのでお早めにお着換えください」と言って戻って行った。
いつもと違う顔……か。
だろうな。茉白が側にいると、どうも仕事モードではいられなくなる。
次に会う理由を、無意識に探している自分がいる。
なぜかは……、今はまだ考えないことにした。
力が入っており、緊張しているのが伝わってくる。
「力を抜け。カメラに伝わるぞ」
「……はい」
深呼吸する気配がして、少しづつ力が抜けていく。隣にいる気配が妙に自然だった。
帰省の時にも思ったが、茉白がいるとどこに居ても落ち着いてしまう自分がいる。それが何を意味するのか……。ずっと、深くは考えないようにしているが……。
祭壇で向かい合った時、茉白は目を逸らした。
「目を逸らすな」
「逸らしていません」
「今逸らしかけただろ」
「……していません」
小声で言い返してくる。
その頑固さが、なんだかおかしくて口角が上がってしまう。
すると今度は茉白が真っすぐ俺を見ていた。
緊張しているくせに、逃げない目。こういう所が、最初から気になっていたのかもしれない。
「綾斗さん……」
専務ではなく、名前で呼ばれた。
小さな声はカメラマンにもスタッフにも届かない。俺にしか聞こえない声。
「何だ」
「……緊張します」
「知っている」
「助けてください」
思わず笑いそうになった。
こういう時に素直に助けを求めるところがこの人らしい。
「だから俺を見ていろと言っただろう」
出来る限り、穏やかな声を出した。
茉白に向ける声は、気が付けばいつもそうなっている。怖がらせたくはない。
そう思うのだ。
「そう言えば、宿題は出来たか?」
「あ……、いえ……」
先日出していた宿題。俺がこの仕事の担当を茉白に指名した理由。普段は誰かを指名して仕事することなんてほとんどないのだが……。
企画部からこの企画を聞いた時、広報担当者として茉白が浮かんだ。
もう仕事でしか接点がない。そう思ったら、担当者として自然と名前をあげていたのだ。
「わからないか。まぁいい」
「え、教えてくださいよ」
「教えたら、もっと緊張するだろう?」
「え……、どういう……」
首を傾げながら混乱する顔が小動物で可愛らしい。
府と笑みを浮かべると、茉白は不満そうに小さく口を尖らせた。
「不満そうだな」
「当り前です」
「花嫁がそんな顔するな」
「じゃあ教えてください」
また一緒に話したかった。
そう言ったらどんな顔をするのだろう。……まぁ、言わないけれど。
「……答えは、俺が茉白と仕事がしたかった。ただそれだけだ」
「え……」
目を丸くしている茉白と見つめ合う。
その瞬間、監督から声がかかって現実へと戻った。
そして、ついに最後のシーン。多少疲労感を感じながら、茉白の手を取るとその手は冷たかった。
「……緊張しているな」
「していません」
「手が冷たい」
「……寒いんです」
ほらまた。強がりを言うのもいつも通り。最後の最後まで緊張しっぱなしなのも大変だな。
俺は何も言わず、包む手を少し強めた。温めてやろうと思ったわけではなく、ただそうしたかった。それだけだ。
すると、茉白の目がわずかに揺れた。目の奥が潤んでいるように見えた。
やめろ、泣くなよ? 泣かれたら俺がどうにかなってしまいそうだ。
監督の終了の声で茉白は視線を外した。繋いでいた手が離れる。
思ったよりもあっけないな……。
そのぬくもりが消えていくのを感じながら、俺は平静を装ってスタッフの方へ向き直った。
「ずっと見てたけど最高だったよ、二人とも! 特に最後のシーン! 本物のカップルみたいだった」
椎葉が嬉しそうに言うのに苦笑した。
本物みたい……か。本物ではない。そんなことわかっている。茉白もそう思っているだろう。
……だから何もできない。できないのに……。
茉白が着替えのために控室へ向かおうとした背中を、俺はそっと呼び止めた。
もちろん周囲にスタッフがいないのを確認してから。
「茉白」
振り返った顔がまだ赤い。
「……お疲れ様」
「お疲れ様でした」
「巻き込んですまなかったな」
「いえ……、これも仕事の一環ですから」
笑顔を作って言う茉白に、なぜだか俺は胸が痛んだ。
仕事か……。まぁ、そうなんだけど……。なんだ? なんでこんなに苦しい?
仕事と線を引かれたことに胸の奥が痛んだ気がした。
「そうか」と呟いてから、何か言わなきゃと思った。
会話を……、なにか。
「……ドレス、良く似合っていた」
「え……」
驚いて目を丸くする顔がなんだか小さな動物の様だ。微かに口角をあげて、茉白が何か言う前にその場を立ち去った。
ダメだ、なんだか調子が狂う。こんなこと言うガラではないのに。
そもそも、似合っているなんて始めに言った方が自然だろう。
俺は静かに息をついた。
「……参ったな」
また同じ言葉が出た。
婚活パーティーの夜も、デートの帰りも新幹線の中でも……。何度同じ言葉を呟いただろう。
なぜこんなにも茉白のことが頭から離れないのか。
会議室で様子を見に行ったのも、ドレス姿に目を奪われたのも、手が冷たいと気づいた瞬間に温めたくなったのも……。
仕事上の気遣い? 本当にそうか? だったらなぜあんなに距離が近くなってしまった?
なんで指名してまで一緒に話がしたいと思った? 俺は……。
答えを出す前に、真田が近づいてきた。
「専務」
その顔を見て小さく息を吐く。
「わかっている」
「……いえ、何も申し上げていませんが」
「お前の言いたいことくらいわかる」
真田はポーカーフェイスだが、長年こうして仕事をしていると空気で言いたいことくらい分かるようになってきた。
今、一番言われたくない言葉。
それでも真田は少し間を置いてから静かに言った。
「……今日の専務、いつもと違いましたよ」
だから、わかっているって言っただろ。
俺は小さくため息をついた。そんなこと、俺が一番よくわかっている。
「そうか」
「ええ、私がこの数年お側にいて初めて見る顔でした」
真田は無表情で俺をじっと見てから、「打ち合わせの時間が迫っているのでお早めにお着換えください」と言って戻って行った。
いつもと違う顔……か。
だろうな。茉白が側にいると、どうも仕事モードではいられなくなる。
次に会う理由を、無意識に探している自分がいる。
なぜかは……、今はまだ考えないことにした。



