婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~

グランフィオーレの式場は、朝の光の中でいつもと違って見えた。
いや、式場は変わっていない。変わったのは俺の状況の方だ。

「似合うじゃないか! さすが綾斗!」

白いタキシードに身を包んだ俺に笑いかける椎葉を軽く睨みつける。

「お前な……」
「そう怒るなよ。そんなに嫌だったか? あ、相手は真田さんが良かったとか?」

眉間の皴を深くする俺に、椎葉は「そんなわけないか」とニヤリと笑う。その椎葉に露骨にため息をついてやった。

モデルの到着が遅れるという話から、椎葉の提案で俺と茉白がモデルと務めることに決まった。

会社のため、スケジュールやスタッフのためとなると断る理由はないが、椎葉が茉白を選んだときは少しハッとした。
指名された時の茉白……。
タブレットを胸に抱えて目を丸くした顔がどこかおかしくて可愛くて、また頬が緩みそうになった。

『え、私ですか!?』
『そう、君! 雰囲気がいい。ちゃんとメイクすれば綾斗の隣に立っても映えると思うよ』
『待ってください、私は広報担当でモデルなんて……』
『椎葉、いい加減にしろ』

俺は低い声で制止した。茉白を困らせることは本意ではない。
しかし、椎葉は飄飄としたまま言った。

『綾斗、考えてごらんよ。今日ここで撮影を終わらせた方が全員にとって得でしょう? 日程の組み直しだって大変だし、その分予算だってかかる。そもそも、いつまでもPR動画が公開されないままなのは会社にとっても得ではないでしょ? そこの所、経営者としてどう見る?』

俺は黙った。
椎葉の言う通りだ。スケジュール的にも予算的にも会社的にも今日やってしまった方が良い。

それだけが理由か、と問われたら自信はないが。

控室でタキシードを着るが、モデルと体形がほぼ同じなのでほとんど手直しすることはなかった。
椎葉は隣で腕組みをしながら俺を眺め、「完璧だ!」と悦に入っている。

「相手のあの子、茉白ちゃん? 確かこの前の船上パーティーで綾斗と抜けだした子だよな?」

椎葉の言葉にギクッとする。横目で見ると、何か言いたげな顔でニヤッと笑った。

バレたか……。こいつは見ていないようでなかなか鋭い。

「可愛い子だよな。温かい雰囲気って言うか……」
「そうか」
「小動物みたいな感じっていうの? ああいうの良いよな。気に入っちゃったかも~」
「……何が言いたい?」

振り返ると、椎葉は俺の顔を見てぷっと吹き出した。

「嘘だよ。綾斗、怖い顔すんなって。お前って本当わかりやすいよな」
「何をわけわかんないこと言っている」
「わかんないならいいさ。じゃあ俺は茉白ちゃんの所へ行ってくるから。教会で待ってて」

椎葉は手をひらひらさせて出て行った。それを見送り、俺はそっと鏡を見る。

怖い顔をしている? ……もとからだ、そんなの。

ため息をつきながら控室を出ると真田が待っていた。俺を見てほんの少し目を瞠る。

「よくお似合いです」
「ありがとう」

教会へ行き、スタッフと打ち合わせをしているとバージンロードの向こうから茉白が現れた。

一瞬、ハッと息を呑む。

白いウエディングドレス。シンプルだが、品があってどこか温かみがあるデザイン。華やかと言うより、柔らかい。
茉白によく似合っていた。椎葉が言っていた「温かさ」という言葉の意味が、この瞬間分かった気がする。

茉白は裾を踏みそうになりながら、恐る恐る歩いて来る。綺麗な姿なのに、そういうところがいつまでも茉白だなと思った。

「……遅い」
「す、すみません」

気が付いたら口から出ていた。
照れ隠しだと、自分でもわかっていた。