婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~


綾斗さんからの宿題のことが引っかかりながらも、撮影当日を迎えた。

グランフィオーレの式場は、朝の光の中でいっそう美しかった。
天井から吊るされたシャンデリア、白とゴールドで統一された壁、祭壇へと続く長いバージンロード。祭壇の奥のステンドグラスがキラキラと輝いており、式場に華を添える。
普段も取材や広報の仕事で何度も足を運んでいるが、やはりその度に見惚れてしまう。

いつか、私もここで結婚式があげられたらな……。隣は……? 誰……?

浮かび上がりそうになった人物を、頭を振り払って消す。

何を考えているの、茉白。仕事に集中!

私はタブレットと資料を胸に抱え、撮影クルーのセッティングを見渡した。カメラマンや照明スタッフが手際よく動き、式場全体が少しずつ撮影現場へと変わっていく。

「桃瀬さん、クルーへの挨拶は済みましたか」

真田さんが隣に来て静かに確認をした。

「はい、先ほど済ませました」
「そうですか。専務ももう着くとのことです。到着次第、スケジュール通りに進めますのでよろしくお願いします」
「わかりました」

真田さんはそう言うと、他スタッフの元へ行ってしまった。いつも通り、淡々と仕事をこなしているその姿をぼんやりと眺める。
無駄のない動き、的確な指示。

綾斗さんの隣に立つのがこれほど似合う人を私は知らない。

「素敵な人……だよね」

胸の奥がチクリとするのを感じながら、私はタブレットに視線を落とした。

程なくして綾斗さんが式場に入ってきた。
シャドーストライプのスーツ、いつも通りの完璧ないでたち。照明に照らされたその姿はいつも以上に整って見えて、思わず目を奪われてしまう。

「おはようございます」
「ああ、おはよう」

短い挨拶。笑顔もなく、仕事中の綾斗さんだ。そんなことわかっているのに、見るたびに帰省時の柔らかい表情が頭をよぎる。

私もいい加減にしなきゃ。

頭を切り替えようと、私は再びタブレットを操作しながら撮影の流れを確認し始めた。

モデルのPR撮影の間に綾斗さんの写真撮影やインタビュー。私はそれに同行しながら、合間にウェディング撮影の裏側を動画撮影してSNSに載せるのである。また式場内の動画も撮ってSNSに載せておかなければならない。

今回はSNSをふんだんに利用してPRしようという目論見があるのだ。

だが、すでに到着して着替えを済ませておくべきモデルがまだ到着していないとスタッフが焦りだしたのである。

「どういうことだ、もう支度をしていたんじゃないのか?」

監督が眉間にしわを寄せて近くのスタッフに声をかける。

「申し訳ありません、モデル事務所側が入り時間を勘違いしていたらしく……。さらにはモデルが高速で事故渋滞に巻き込まれているそうで、到着まであと二時間ほどはかかるそうです」
「二時間!?」

思わず声が上がった。
二時間後、モデルが到着してもそこから急いで支度して一時間弱……。
撮影クルーの拘束時間は決まっている。二時間以上の遅延となれば、追加料金が発生するどころかそもそものスケジュールが根本から崩れてしまう。

スタッフたちがざわつく中、プロデューサーが難しい顔で腕を組んだ。

「藤宮専務の撮影を先に終わらせて、モデルを待つという手もありますが……、クルーの拘束時間を考えると厳しいですね。一度撮影を中止して、日程を組みなおすしか……」
「それは困ります。この案件は急ぎで日程を組んでいます。そのために専務もスケジュールを組んでいるんです」

真田さんは厳しい顔で首を振った。
確かに、急いでPR撮影をしなければならない中、再び綾斗さんの時間をまた確保するのは大変だろう。綾斗さんだけ先に済ませて、モデルの方はまた日程の組み直しをするしかない。
しかしここは人気の式場だ。空いている日はほとんどない。式場の再手配にクルーの調整……、課題が山済みになる。

どうしよう……。

そんな空気が場を支配しかけた時だった。

「ここにいいモデルがいるじゃないか!」

明るい声と共に、綾斗さんの肩にがっちりと手が置かれた。

「椎葉!?」

そこにいたのは、かつて婚活パーティーに綾斗さんと来ていた男性だった。