「名所とかはないのか?」
ポツリと呟く綾斗さんの一言に私はきっぱりと答える。
「ありません」
朝食後、綾斗さんと町を散策するが辺りは森と小さな川が流れているだけ。
当然、名所となるようなものはない。お土産屋さんがある小さな商店街もあっという間に見てしまった。
「温泉が入れる旅館はうちを含めて数件ありますけど、他に何もない所だから連泊する人も少ないですし……」
「町おこしとかはしているんだろ?」
「しているみたいですけど、上手くいっていないみたいですね」
私が小さい頃はもう少しこの町も賑わっていた。
しかし、近くの温泉地が町おこしに成功してから、この町は廃れていく一方だ。アクセスが悪いのもあるかもしれない。
「茉白はこの町が嫌いか?」
「……嫌いではありません。居心地が悪いだけで」
私と綾斗さんは川が流れる橋で足を止める。
澄んだきれいな川だ。空気も綺麗だし、食べ物も美味しい。温泉だって湧いている。嫌いではない。合わないだけなのだ。
「お気づきでしょうが、この町では結婚が早いのは当たり前なんです。いつまでも独身でいると、ひそひそされちゃう。だから父も早く結婚しろってせっつくんです。さらには、あのデリカシーのなさ。尚更、ちょっとしんどくて……」
「そうか……」
実家から逃げたかったんだろうな。
父の価値観、兄と比べられること、独身は恥と言われ続けること……。
私は私なのに、ここに居たらそれすら認められない気がして、都会という場所で親に認められる自分を探し続けている。
結果、こうして綾斗さんに迷惑をかけてしまっているのだけれどね。
「家族が嫌いってわけではないんですけどね」
苦笑いすると、綾斗さんが優しく頭をポンっとなでた。
「茉白は茉白だ。どんな茉白でも、俺はそのままの君を見ている」
「綾斗さん……」
「泣くなよ」
「……泣いてません!」
少し涙ぐんだけど。
どうしてこの人はこうも優しいんだろう。甘やかされるから、綾斗さんの隣が居心地よくなってしまう。こうした関係も、今日で終わりなのに。
「じゃぁ、恋人らしく戻りましょうかね」
綾斗さんはおどけた言い方をしながら、左手を私に差し出した。
「え……、いいんですか?」
「ああ。どこで誰が見ているかわからないからな。近所のおばちゃん達が見ているかも、だろ? 仲良くしていた方が良い」
「まぁ、はい。では……、失礼します」
そっと手を伸ばすと、グイっと引き寄せられた。私の手なんかすっぽり収まる大きな手。ごつごつしていて温かい。
ああ、こんな時間はあと少しか。胸がキュッと苦しくなる。
「綾斗さん、ありがとうございました」
「どういたしまして。帰ったらバリバリ働いてもらうよ」
「ふふ、はい」
帰ったら、私たちはただの上司と部下に戻る。きっと、私だけがそれを切なくて寂しいと感じているのだろう。
旅館に戻ると、母が玄関先で掃き掃除をしていた。
手を繋いで戻る私たちを何か言いたげにじっと見ている。
ああ、やっぱり。昨日から何となく感じていたんだけど……、たぶんだけど……。
「おかえりなさい、綾斗さん、茉白」
「ただいま戻りました」
綾斗さんはさりげなくスッと手を放す。包まれていた右手に冷たい風が吹き、心もとない気分になった。
そしてそれを母が見ていた。母と目が合うと、何とも言えない顔をしている。
「お母さん……」
私はたまらず声をかける。母は「ん?」と優しく顔を上げた。いつもの笑顔で。そんな顔を見たら、言葉が出てこなくなった。
「……なんでもない」
「そう? 茉白も一緒に帰るんでしょう? 茉白の好きなお菓子持たせるから帰る前は一声かけてね」
「うん……」
たぶんだけど、お母さん、きっと気が付いている。私たちの関係が偽物って。私が嘘をついているって気が付いているんだろう。でも、何も言ってこない。
たぶん、父にも何も言わないでいてくれるだろう。母はそういう人だ。
「ありがと」
「うん」
私は母に心の中で頭を下げた。



