婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~


……いやいやいや!! ちょっと待って! なんで藤宮専務がこんなところにいるの!?

私は目の前の人物に驚愕してその場に固まった。

藤宮綾斗、32歳。
私が勤める藤宮グループの御曹司。ブライダルとホテルを主軸に展開するその企業は、日本でその名は知らない人はいないのではと言っても過言ではない。

私は幸運にもその会社に入ることができ、様々な部署を経て現在は本社でブライダル事業広報部に所属している。

だから藤宮専務とは何度か仕事をしている。最後にあったのは一か月前のメディア向け取材の同行をした時だ。

まさかこんな場所で会うなんて……。

彼はまるで「仕事帰りに寄りました」とでも言いたげな落ち着いた顔で、周囲からの視線を受け流していた。

高そうなスーツの胸元には35番の番号札。ということは、やはりこの婚活パーティーの参加者。

え、待って!? あの藤宮専務が婚活!? 一番縁遠そうなタイプなのに!?

隣にはやさぐれた表情の男性が、藤宮専務にあれこれ話しかけていた。見たところ友人らしい。

「やっぱり、新しい出会いで気持ちを切り替えるのが大切なんだよな! お前が来てくれて助かったよ」
「帰る」
「早い!!」

面倒くさそうな顔で帰ろうとする藤宮専務を、友人が必死に引き留めていた。

「頼むよ、綾斗~! 俺、一人じゃこういう所来れないんだって。そもそもお前にも責任はあるんだから」
「ない。お前の失恋に俺を巻き込むな」
「つれないこと言うなよ、友達だろ~」

拝み倒してくる友人に、藤宮専務はため息をついていた。どうやら無理やり連れてこられたらしい。

ああ、私よりダルそう……。

少し同情的な気分で見ていたら、藤宮専務がこちらを見た。ピタッと視線が合う。

や、やだ! 気づかれた!?

心臓がドクっと跳ねて、慌てて目を逸らし物陰に身をひそめた。

どうしよう、私ってわかったかな?
会社の人間とこういう場所で会うのって、お互いに気まずいよね……。
よし、帰ろう!
長居したっていいことない。どうせ誰にも相手にされないんだし。

フリートークが終わったら、意中の人の胸についている番号を紙に書いてカップリングを目指すらしいが、私には書く人などいない。
なので、途中で帰っても支障はないだろう。

私はそっと係の人へ声をかけた。しかしーーーー。

「もう少しでカップリングタイムですので、良ければもうしばらくお付き合いください」

そう言われてしまったのである。

「い、いえ私は……」
「ねぇねぇ、君の名前教えてよ」

係の人と話していると、先ほどの弁護士の男性が再び現れた。

まだいたのか! そういえば、この人の事すっかり忘れていた。

「俺が君の番号を書いてあげようか? カップル不成立で帰るのも嫌でしょう?」

ニヤニヤ顔に私は思わず後ずさる。さっきからなんでこの人は上から目線なんだろう。

「君、よく見ると可愛いし俺がカップルになってあげるよ」
「いえ、私は……」
「弁護士とカップルなんて恵まれているよ? 友達に自慢してもいいよ。あ、連絡先交換してあげる」

グイグイと来られて困惑する。他の人と話ができていなかったわけがわかる気がする。

……いや、私が言えたことではないけれど。

どうしよう、と困り果てていると、遠くの藤宮専務が真っ直ぐこちらへ歩いてくるのが見えた。

えっ!? 待って、待って、待って……!!

「桃瀬」
「ひゃいっ!?」

反射的に変な声が出た。藤宮専務は眉を少し上げ、耳馴染みの良い低い声で問いかけてきた。

「なんで君がここにいるんだ?」
「え、えっと……、その、これは……何と申しますか……親孝行?」
「は?」

私の回答に不可解そうに眉を寄せ、首を傾げる。

まぁ、そういう反応になるよね。でもまさか藤宮専務の方から声をかけてくるなんて。
いつもは後ろで一つに髪をまとめた髪に控えめな化粧。こんな格好でよく私だとわかったな。

「まぁ、その……、事情がありまして」
「ふぅん? そちらの人は?」

藤宮専務の出現に、隣にいた弁護士男性が固まっていた。小さい声で「本物だ」「マジか」等と呟いている。

「さっきまで少し話をしていた方です」
「へぇ……。すみませんが、彼女と知り合いなんです。話したいので少し借りても良いですか?」

藤宮専務に聞かれた弁護士男性は圧倒された様に顔をこわばらせ、コクコクと頷くとそそくさと何処かへ行ってしまった。

「話って何ですか?」
「いや、君があの人に困っている様に見えたから」
「え……」

だからわざわざ来てくれたの?

「ありがとうございます。正直、困ってました」

助け船への感謝を伝えると、周囲の女性たちがざわざわしだした。

「誰あの女?」
「藤宮様とどんな関係なの?」
「馴れ馴れしい……。どんなツテ?」

視線が痛い。めちゃくちゃ痛い。体中に突き刺さってくる。

さすがは藤宮綾斗。どこにいても注目の的だ。

しかし当の本人は慣れているのか、こうした視線も意に介さない様子だった。さすがだ。

「で? なんでこんなところに桃瀬がいるんだ?」
「ですから、事情があるんです。でもここは私には合わないので、さっさと帰ろうと思ったんですけど……」

話している途中で、係りの人がマイクで『紙に意中の人の番号を書いてください』とアナウンスした。それを聞いた女性陣が、私を押しのけて藤宮専務にアピールを開始する。

「こんにちは、私は7番のーー」
「私は18番で……」
「私はーー……」

あっという間に、綺麗な女性たちが一斉に群がっていく。

「邪魔」
「わっ……!」

誰かにそう強く押され、よろけた瞬間、藤宮専務が私の腕を掴んだ。

「危ない」

そのまま引き寄せられる。
そのまま顔をよせ、耳元に唇が近づいて小さな声が落ちてきた。

「桃瀬、俺の番号を書け。俺も君の番号を書く」
「ええっ!?」
「いいな、命令だ」

そう言い捨てると、女性陣を引き連れてどこかへ行ってしまった。

め、命令って……。私が藤宮専務の番号を書く!? なんで!? そんなことしたら周りから睨まれる。
ああでも、命令だと言われると従わざるを得ない部下の宿命……。

そうして、私は藤宮専務の真意がつかめないまま渋々書いて提出した。

カップル発表タイム。

案の定、『カップル成立です! 女性20番、男性35番』

呼ばれたのは私と藤宮専務。周囲の女性からは嫉妬の悲鳴が上がった。

そうなるよね……。

『では、前に出てーー』

司会の人が言いかけた時、藤宮専務が隣にやってきてそれを手で制した。そして私の肩に手を回して引き寄せる。

え……?

目の前には藤宮専務のネクタイ。そして低くて耳触りの良い声が落ちてきた。

「いえ、このまま彼女と一緒に出ます。悪いが、今日はこのまま失礼する」

そう言うと、私を抱き寄せたまま出口へと向かって行った。

えええっ!?

当然、周囲から悲鳴が上がった。

「おい、綾斗!?」
「椎葉、また連絡する。じゃぁな」

友人に軽く挨拶すると、声が出ない私を引きづるようにして外へと出て行った。