婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~

母屋に荷物を置いてリビングへ綾斗さんを通すと、父の独壇場が始まった。

「いつから付き合っている? どこで知り合った? プロポーズの言葉は? 式はいつだ?」
「お父さん!」
「いいじゃないか! 親として聞くのは当然だろう! お前が婚約者を連れて来るだなんて言っても、俺はずっと嘘だと思っていたんだからな!」
「そうね、それは私も思っていたわ」
「お母さんまで!」

私たちのやり取りに、綾斗さんは苦笑しながらも落ち着いて答えてくれた。

「茉白さんとは一年前からお付き合いをさせていただいています。同じ会社で、一緒に仕事をするうちに私が茉白さんに惹かれて告白したんです」
「そうなの」

母はお茶を出しながらニッコリ微笑んでに私と綾斗さんを交互に見つめた。
打ち合わせでそういう設定にしたけれど、実際に綾斗さんの口から語られると恥ずかしいものがある。頬が熱くなるのを悟られないよう、私はお茶に視線を落とした。

「で? 式はいつだ? その日は旅館を休みにしなきゃならん」
「お父さん、そこはまだ……」
「田舎は早い方が良いんだ! いつまでも独身なんて身内の恥だぞ」

父の言葉にグッとこぶしを握る。
またその言い方……。
すると、綾斗さんが穏やかに、しかししっかりとした声で言った。

「プロポーズしたばかりなので式など具体的なことはまだ。今日はご挨拶に伺っただけなので」
「そうなのか!?」
「ですが、ちゃんと考えてますのでご心配なさらないでください」

笑顔だけれどどこか圧のある綾斗さんの言葉に、さすがの父も「お、おう」と頷いただけだった。母は私をチラッと見るが何も言わない。
その時、部屋の扉が開いて兄夫婦が入ってきた。

「よう、茉白」
「茉白ちゃん、おかえり」

兄の泰介と義姉の奈々だと綾斗さんに耳打ちすると、綾斗さんは丁寧に挨拶をした。

「いやぁ、まさか茉白がこんなイケメンを連れてくるなんて思わなかったよ。絶対嘘だと思ってたからさ」
「良かったね、茉白ちゃん」

兄は心底驚いている様子で、奈々さんは穏やかに微笑んで祝福してくれた。

「ありがと」

というか、家族に嘘だって思われていたなんて……。情けなすぎる。ハハハと乾いた笑いが出た。

「改めて紹介するね。婚約者の藤宮綾斗さん。会社の上司でもあるの」
「仕事でもお世話になって。足を引っ張ってなきゃいいが」

父の言葉に綾斗さんは軽く首を振る。

「いいえ、いつも仕事が早くて助かっています」
「茉白が? そうなのか? この子は兄に比べて勉強もスポーツも苦手だったから、ちゃんと仕事が出来ているか心配していたんだよ」

やめて。

父の笑い声に私は俯いて黙ってお茶をすすった。

いつもそうだ。父は「兄と比べて」と言う。単純に心配してくれているだけなのだろうけど、あの言い方が私の胸に重くのしかかってくるのだ。

私なんて……、どうせ……。そんな気持ちが出てきてしまう。

すると、綾斗さんが私の肩をポンっと優しく叩いた。そして柔らかい目で私を見つめる。
その目にハッとした。

「お兄さんも優秀なんて素晴らしいですね。茉白さんもとても優秀ですよ。彼女と仕事をすると、滞りなくスケジュールが進んでやりやすいんです。取引先とのやり取りも丁寧ですし、信頼も厚くて安心して仕事を任せられます。そんな所にも惹かれたんです」
「綾斗さん……」

打ち合わせにないセリフ。
臨機応変に対応しただけだってわかっているけど、優しいその一言に胸が熱くなって下を向く。俯いた顔があげられないのは、きっと目が潤んでいるからだ。

「そうなのか……」

父は納得できるようなできないような……、何とも複雑な顔をしている。父の中で兄が基準だから、私が褒められても半信半疑なのかもしれない。
すると、義姉が机に軽く身を乗り出して話しかけてきたl。

「ねぇ! 一緒に住んでるの? 二人の写真とかは? あるなら見たーい!」

少し気まずくなった雰囲気を変えるような義姉の言葉に、内心感謝すると共についに『来た!』と思った。当然、その質問は想定内だ。

「まだ一緒には住んでいないんだけど、写真ならあるよ。ちょうどこの前デートしたんだ」

私はドキドキしながら先日偽装で撮った写真を数枚見せる。
大丈夫だよね? バレないよね?

「わぁ、素敵ね! 水族館かぁ~、いいなぁ」
「ありがとう」

良かった。写真を見た誰も、偽物だとは疑わない。
やっぱり偽装デートしておいて正解だった。ホッとしていると、義姉が今度は私の手を見て言った。

「婚約指輪とか貰ったの?」

ニコニコと無邪気に聞かれ、ドキッとする。
……ん? 婚約……指輪?

「あっ!」

しまった! 婚約指輪の事とか全く考えてなかった! えっ、どうしよう……。

「えっと、指輪は……」
「僕がサイズを間違えてしまって、今作り直している最中なんです」

綾斗さんが横からすぐに答えてくれた。「な?」と私をチラッと見るので、頷いてその話に乗っかる。

「そうなの。出来上がりがまだまだ先なんだ」
「そう、じゃあ楽しみだね」

義姉は嬉しそうに笑った。

ふぅ、危ない危ない。ボロが出るところだった。綾斗さんの咄嗟のフォローに心から感謝だわ。

しかし……。両親にあれこれ突っ込まれるかと構えていたが、実際は義姉の方だったか……。
田舎のこの町で、こうした新しい話題に飢えていた感じがよくわかる。どのみち、対策をしておいて良かったと言える。

「それにしても、この旅館は居心地がいいですね。部屋から見える景色も素敵です」
「お、わかるかい!」

綾斗さんは話題を変えるように旅館を褒めてくれたが、一言で場の空気が和らいだ。父が一気に上機嫌になる。旅館の説明や温泉の話を始めた。

「この土地は山があるから紅葉の季節は見ごろなんだ。地盤もね、昔から災害には強いんだよ。だから住みやすいし、温泉が出るから昔の人は良く湯治に来たりしてね。でも最近では商店街も空き家が出て、昔ほど活気がなくなってしまったよ」
「それは寂しいですね。何か対策などされているんですか?」
「息子たち若者チームが、そのSNSって言うので宣伝してはいるけどね。なかなか……。今の若い人はもっと派手な場所が好むようだな」
「そうですか……」

いつもの父の話。私は聞き飽きているが、綾斗さんは穏やかな顔で頷いて相槌をうつ。

「お祭りとか何かイベントをやったら盛り上がるんではないですか?」

綾斗さんがお茶をすすりながら提案する。しかし、父は苦笑しながら首を振った。

「予算が足りないからね。毎回同じ祭りばっかりだよ」
「ああ~……、予算か……」

呟く綾斗さんの横顔を見る。
経営者として何か感じるものがあったのだろうか。少しだけ綾斗さんの顔が厳しくなった気がした。

「まぁ、細々とやっては行けているからいいんだけどな。というか、茉白の婚約者にこんな話、いけねぇな! 嫁の実家が不安定じゃ心配かけちまう」

父はそう言いながらカラッとした笑い声をあげた。綾斗さんは微笑みながら「いえいえ」と首を横に振る。

「そうだ、二人とも帰るのは夜だろ。綾斗君、良かったら、夕飯も食べて温泉にも浸かって行ってくれ」
「いいんですか? ありがとうございます」

……最初からそのつもりだったくせに。

「飲めるだろ? 地元の美味い酒を出してやる」
「それは楽しみです」

二人のやり取りを見ていた母が私に視線をよこした。

「よく見ている人ね」

静かな一言だった。

「え……」

ギクッとした。

今のどういう意味? 

母の笑みはいつも読めない。私も微笑み返すので精いっぱいだった。