婚約者のフリをしてください、専務~冷徹御曹司の溺愛は嘘から始まる~


……場違いにも程があるわ。

シャンデリアの光が頭上から降り注ぐ中、私はそう思った。

停泊中の船を丸ごと貸し切って開催されている婚活パーティー会場。
高い会費を払った男女が、結婚というゴールを目指して集まっている。

あちらこちらから漂う香水の香りは、何種類も混ざり合って甘ったるい。
どこかのテーブルのおいしそうな食事の匂いと合わさって、少しだけ頭が痛くなる。

高そうなスーツを着込んだ男性たちと、華やかなパーティードレスに身を包んだ美しい女性たち。

そんな周囲の着飾った彼らは自然とこの会場の華やかさに馴染んでいて、間に合わせで身なりを整えた私とは根本的に何かが違う。

私は自分の水色のフォーマルワンピースの裾をそっとつまんだ。
胸元に光るピンクのハート形の番号札、20番。

我ながら滑稽に思えて、小さくため息が出た。

この服、高かったんだけどな……。

背中まである緩いアッシュブラウンのパーマ髪をハーフアップにして、いつもより丁寧に化粧もした。それでも他の女性たちと比べると、どこか見劣りはしてしまう気がする。

「やっぱり見栄を張っちゃダメだったかな」

ああ……、正直、帰りたい。全力で帰りたい。

でも親に「婚約者連れてくる!」なんて勢いで言ってしまった以上、もう後戻りできない。

誰か……、理解のある人! 欲を言えば優しくて、穏やかで、田舎の両親にすぐに紹介しても引かない人……!

……なんて、そんな都合のいい人がいるはずないよね。

私はパーティーの片隅で一人、飲み物をすすっていた。

「おかわりいる?」

不意に声をかけられて振り返ると、40代後半くらいの男性がワインを片手にニコニコと立っていた。

う……、なかなか……。

仕立ての良いスーツを着ているが、薄い髪、ギトギトと脂の浮いた顔、閉じたスーツのボタンが今にもはじけ飛びそうなお腹……。
漂ってくる香水の香りも強烈で、思わず顔をしかめそうになった。

「あ……、お代わりは大丈夫です」
「そう? せっかくなんだからたくさん飲んでいったほうが良いよ。君、20代? 30前かな? まぁ、ぎりぎり僕の条件にはいるね」
「条件?」

唐突に値踏みするかのような物言いにギョッとする。

何この人……。

「僕、子供が欲しいんだよね。だから結婚相手は20代前半から半ばを希望しているんだ。君は26、27歳くらいかな? だからギリギリ。あ、僕こう見えて弁護士なんだ。生活には不自由させないよ、それに――」

男性は私が言葉を挟む猶予も与えずペラペラと話し続けた。

確かに私は28歳だけど……。20代前半が希望って……、この人どう見てもアラフィフ……。

さすがに20歳近く年上の人を実家に連れて行ったら親が驚くだろう。いや、好きになったら年齢差なんて関係はない。

それはわかっている。

でも、いくら切羽詰まっていても、私にだって多少の好みはある。

「僕の父親も弁護士で、出身大学は――」

それにしても、なんでこの人は私の周りから離れないんだろう……。

自分語りが止まらないまま、気が付けばこの場所の片隅で、二人っきりになってきていた。

困ったな……。トイレにでも逃げ込もうかな。

そう考えていると、会場の入り口あたりでざわめきが起きた。

「え、本物?」
「あれって……、藤宮様じゃない?」
「すごーい! めちゃくちゃかっこいい!」

女性陣の黄色い声に思わず振り返る。

「え……、なんで……」

そこにいる人物に、私は目を見張った。

会場の照明に照らされて、長いまつ毛まで影が落ちそうなほど綺麗に整った顔立ち。
180センチ近い背丈は遠くからでもよく見えて、高級そうなスーツを着こなしている姿はまるでモデルかのようだ。

私の上司にして、こんな婚活パーティーとは最も縁遠そうな人物。

藤宮綾斗がそこにいた。