荒野。
護送馬車は、ガタガタと揺れながら、道なき道を進んでいた。
リディアは、荷台の隅で、膝を抱えて座っていた。
手錠が、手首に食い込んでいる。
痛い。
だが、もう感覚が麻痺してきた。
窓のない荷台は、暗い。
わずかな隙間から、月明かりが差し込んでいるだけだ。
リディアは、目を閉じた。
体が、揺れに合わせて左右に傾く。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
王都を出てから、もう何時間も経つ。
辺境まで、あとどれくらいかかるのか。
リディアは、わからなかった。
ただ、このまま揺られ続けるだけだ。
馬車が、突然止まった。
リディアは、目を開けた。
何が起こったのか?
外で、馬の嘶きが聞こえる。
そして、兵士たちの声。
「ここでいいだろう」
「ああ、誰も見ていない」
リディアは、息を呑んだ。
荷台の扉が、開いた。
月明かりが、リディアを照らす。
兵士が二人、荷台を覗き込んでいる。
「リディア・アーシェンフェルト、降りろ」
リディアは、立ち上がった。
体が、硬直している。
兵士が、リディアの腕を掴み、荷台から引きずり下ろした。
リディアは、地面に足をつけた。
荒野だ。
周囲には、何もない。
ただ、乾いた大地と、低い灌木が点在しているだけだ。
月が、空に浮かんでいる。
「ここは……どこですか?」
リディアは、兵士に問いかけた。
兵士は、答えなかった。
ただ、もう一人の兵士と、顔を見合わせた。
「やるぞ」
「ああ」
兵士の一人が、懐から小瓶を取り出した。
黒い液体が、瓶の中で揺れている。
リディアは、背筋が凍った。
「それは……何ですか?」
「セレナ様の、命令だ」
兵士が、冷たく言った。
「証拠隠滅のため、お前を始末する」
リディアは、息を呑んだ。
「始末……?」
「そうだ。お前は、辺境にたどり着く前に、死ぬ」
兵士は、リディアに近づいた。
リディアは、後ずさった。
だが、もう一人の兵士が、背後からリディアの腕を掴んだ。
「動くな」
リディアは、抵抗しようとした。
だが、手錠をかけられた手では、何もできない。
兵士は、小瓶の栓を開けた。
黒い液体から、異臭が漂う。
毒だ。
リディアは、顔を背けた。
「やめて……!」
だが、兵士は容赦しなかった。
リディアの顎を掴み、無理やり口を開けさせる。
そして、小瓶を口に押し当てた。
黒い液体が、リディアの口の中に流れ込む。
苦い。
焼けるような痛み。
リディアは、咳き込んだ。
だが、液体は喉を通り、胃に落ちていく。
兵士は、リディアを放した。
リディアは、地面に膝をついた。
咳が、止まらない。
体が、熱い。
胃が、焼けるように痛い。
「終わったな」
「ああ。これで、証拠は消える」
兵士たちは、馬車に戻った。
そして、馬車を動かし始めた。
リディアは、地面に倒れ込んだ。
視界が、霞む。
体が、動かない。
毒が、回っている。
リディアは、必死に呼吸をした。
だが、息が、苦しい。
心臓が、早鐘のように打っている。
リディアは、空を見上げた。
月が、ぼやけて見える。
やはり、殺される運命だったのか。
前世でも、今世でも、リディアは誰にも救われない。
ただ、一人で死んでいく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、頬を伝う。
体が、冷たくなっていく。
馬車の音が、遠ざかっていく。
兵士たちは、リディアを荒野に放置して、去っていく。
リディアは、一人きりだ。
荒野の、真ん中。
誰もいない。
誰も、助けに来ない。
リディアは、震える手を、胸に当てた。
心臓の音が、弱くなっている。
もう、長くない。
リディアは、小さく呟いた。
「ごめんなさい……誰も……救えなかった……」
その声は、風に消えた。
月が、冷たく輝いている。
リディアの体は、動かなくなった。
呼吸が、止まる。
心臓が、止まる。
リディアは、死んだ。
荒野に、一人取り残されて。
暗闇。
リディアの意識は、どこか遠くへ流されていく。
体の感覚が、ない。
痛みも、ない。
ただ、暗闇だけがある。
そして——。
光が、見えた。
リディアは、目を開けた。
そこは、白い部屋だった。
無機質な蛍光灯の光が、天井から降り注いでいる。
リディアは、机に向かっていた。
白衣を着ている。
目の前には、モニター。
データが、画面に映し出されている。
グラフ。
数値。
患者の、症状記録。
リディアは、それを見つめていた。
これは——。
前世だ。
リディアは、製薬会社の研究室にいた。
リディアの手元には、分厚い報告書がある。
「薬害事件——副作用症例の統計的分析」
リディアは、その報告書をめくった。
ページに、びっしりとデータが書き込まれている。
患者たちの、苦しみの記録。
副作用で、神経が破壊された患者。
依存症になり、廃人と化した患者。
そして、死んだ患者。
リディアは、唇を噛んだ。
この薬は、危険だ。
製薬会社は、副作用を隠蔽している。
利益のために、人の命を危険に晒している。
リディアは、報告書を手に取った。
そして、立ち上がった。
上司の部屋へ、向かう。
扉をノックする。
「入れ」
リディアは、扉を開けた。
上司が、机に向かって座っている。
「何の用だ?」
「報告書を、提出します」
リディアは、報告書を机の上に置いた。
上司は、それを手に取り、ざっと目を通した。
そして、顔をしかめた。
「これは……何だ?」
「当社の薬の、副作用に関する報告書です」
「副作用?」
上司は、報告書を机に叩きつけた。
「君、これを公表するつもりか?」
「はい。患者さんたちが苦しんでいます。このままでは——」
「黙れ」
上司の声が、冷たくなった。
「君の研究は、会社の利益を損なう」
「ですが——」
「いいか、リディア。会社は、利益を上げるために存在している。患者の命など、二の次だ」
リディアは、息を呑んだ。
「そんな……」
「君が、この報告書を公表すれば、会社の株価は暴落する。そうなれば、君だけでなく、多くの社員が職を失う」
「でも、患者さんたちは——」
「患者など、どうでもいい」
上司は、冷たく言い放った。
「君は、会社の方針に従え。それができないなら——」
上司は、リディアを睨みつけた。
「左遷だ」
リディアは、震えた。
「左遷……」
「そうだ。君を、地方の支社に飛ばす。そこで、一生雑用でもしていろ」
上司は、報告書を破り捨てた。
「二度と、こんなものを持ってくるな」
リディアは、破られた報告書を見つめた。
涙が、込み上げてくる。
だが、リディアは何も言えなかった。
ただ、部屋を出た。
廊下を歩く。
同僚たちが、リディアを避ける。
誰も、リディアに声をかけない。
リディアは、孤立していた。
上司の命令で、左遷された。
誰も、リディアを信じてくれなかった。
真実を訴えても、誰も聞いてくれなかった。
光が、消えた。
リディアは、再び暗闇の中にいた。
そして、気づいた。
セレナの手口は、あの時の会社と同じだ。
利益優先。
人命軽視。
副作用の隠蔽。
告発者の排除。
全て、同じだ。
前世でも、今世でも、リディアは同じ構造に立ち向かっている。
そして、両方とも、負けた。
リディアは、拳を握った。
だが、体は動かない。
毒が、リディアを蝕んでいる。
痛みが、再び襲ってくる。
胃が、焼けるように痛い。
心臓が、弱々しく打っている。
リディアは、叫びたかった。
だが、声が出ない。
ただ、心の中で、叫んだ。
もう一度。
もう一度、チャンスがあれば。
今度こそ、戦う。
今度こそ、真実を証明する。
セレナを、止める。
患者たちを、救う。
もう、逃げない。
もう、諦めない。
リディアは、願った。
神様。
誰でもいい。
もう一度だけ、チャンスを。
リディアの意識は、再び暗闇に沈んでいった。
リディアは、目を開けた。
荒野だ。
リディアは、地面に倒れていた。
頬が、冷たい土についている。
ざらざらとした感触。
乾いた、荒野の土。
リディアは、動こうとした。
だが、体が動かない。
手も、足も、まるで鉛のように重い。
毒が、全身を巡っている。
リディアは、空を見上げた。
満月が、輝いている。
冷たく、白い光。
月は、リディアを見下ろしている。
まるで、死を見届けるかのように。
リディアは、呼吸をした。
浅い。
苦しい。
空気が、うまく入ってこない。
遠くで、音が聞こえた。
遠吠え。
狼だ。
リディアは、震えた。
狼が、近づいてくる。
このまま、ここで死ねば、リディアの死骸は狼に食われる。
誰も、リディアを見つけてくれない。
誰も、リディアを埋葬してくれない。
ただ、荒野の土に還るだけだ。
リディアは、涙が込み上げるのを感じた。
死ぬのが、怖い。
一人で、死ぬのが、怖い。
誰も、私を救ってくれない。
前世でも、今世でも、誰もリディアを救ってくれなかった。
リディアは、孤独だった。
ずっと、一人きりだった。
涙が、頬を伝った。
冷たい土に、染み込んでいく。
リディアは、震える唇を動かした。
「神様……」
小さな、声。
風に、消えそうな声。
「もし……本当に、いるなら……」
リディアは、祈った。
「もう一度だけ……チャンスを……」
リディアの視界が、霞んでいく。
月が、ぼやけて見える。
星が、揺れている。
リディアは、もう一度言った。
「お願い……もう一度だけ……」
心臓の音が、遠くなっていく。
体が、冷たくなっていく。
感覚が、消えていく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、止まらない。
「誰か……助けて……」
だが、誰も答えない。
荒野には、リディア一人だ。
狼の遠吠えが、また聞こえた。
近い。
もう、すぐそこまで来ている。
リディアは、震えた。
だが、もう動けない。
ただ、死を待つだけだ。
リディアは、小さく呟いた。
「せめて……人を……救いたかった……」
その声は、風に消えた。
リディアの心臓が、弱々しく打っている。
一つ。
二つ。
三つ。
そして——。
止まった。
リディアの呼吸が、止まった。
体が、動かなくなった。
リディアは、死んだ。
荒野の、冷たい土の上で。
だが——。
その時。
リディアの視界が、暗転した。
完全な、闇。
何も、見えない。
何も、聞こえない。
ただ、闇だけがある。
リディアは、浮遊している感覚を覚えた。
体がない。
重力がない。
ただ、意識だけがある。
そして——。
光が、見えた。
小さな、光。
遠くで、輝いている。
リディアは、その光に引き寄せられた。
光が、だんだん大きくなる。
眩い。
白い。
温かい。
リディアは、光の中に飲み込まれた。
全てが、白く染まる。
リディアの意識も、白く染まる。
そして——。
光が、爆発した。
眩い、眩い光。
リディアは、その光に包まれた。
温かい。
優しい。
まるで、誰かに抱きしめられているかのような。
リディアは、涙が溢れるのを感じた。
ああ——。
これが、死なのか。
リディアは、光の中で、静かに目を閉じた。
護送馬車は、ガタガタと揺れながら、道なき道を進んでいた。
リディアは、荷台の隅で、膝を抱えて座っていた。
手錠が、手首に食い込んでいる。
痛い。
だが、もう感覚が麻痺してきた。
窓のない荷台は、暗い。
わずかな隙間から、月明かりが差し込んでいるだけだ。
リディアは、目を閉じた。
体が、揺れに合わせて左右に傾く。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
王都を出てから、もう何時間も経つ。
辺境まで、あとどれくらいかかるのか。
リディアは、わからなかった。
ただ、このまま揺られ続けるだけだ。
馬車が、突然止まった。
リディアは、目を開けた。
何が起こったのか?
外で、馬の嘶きが聞こえる。
そして、兵士たちの声。
「ここでいいだろう」
「ああ、誰も見ていない」
リディアは、息を呑んだ。
荷台の扉が、開いた。
月明かりが、リディアを照らす。
兵士が二人、荷台を覗き込んでいる。
「リディア・アーシェンフェルト、降りろ」
リディアは、立ち上がった。
体が、硬直している。
兵士が、リディアの腕を掴み、荷台から引きずり下ろした。
リディアは、地面に足をつけた。
荒野だ。
周囲には、何もない。
ただ、乾いた大地と、低い灌木が点在しているだけだ。
月が、空に浮かんでいる。
「ここは……どこですか?」
リディアは、兵士に問いかけた。
兵士は、答えなかった。
ただ、もう一人の兵士と、顔を見合わせた。
「やるぞ」
「ああ」
兵士の一人が、懐から小瓶を取り出した。
黒い液体が、瓶の中で揺れている。
リディアは、背筋が凍った。
「それは……何ですか?」
「セレナ様の、命令だ」
兵士が、冷たく言った。
「証拠隠滅のため、お前を始末する」
リディアは、息を呑んだ。
「始末……?」
「そうだ。お前は、辺境にたどり着く前に、死ぬ」
兵士は、リディアに近づいた。
リディアは、後ずさった。
だが、もう一人の兵士が、背後からリディアの腕を掴んだ。
「動くな」
リディアは、抵抗しようとした。
だが、手錠をかけられた手では、何もできない。
兵士は、小瓶の栓を開けた。
黒い液体から、異臭が漂う。
毒だ。
リディアは、顔を背けた。
「やめて……!」
だが、兵士は容赦しなかった。
リディアの顎を掴み、無理やり口を開けさせる。
そして、小瓶を口に押し当てた。
黒い液体が、リディアの口の中に流れ込む。
苦い。
焼けるような痛み。
リディアは、咳き込んだ。
だが、液体は喉を通り、胃に落ちていく。
兵士は、リディアを放した。
リディアは、地面に膝をついた。
咳が、止まらない。
体が、熱い。
胃が、焼けるように痛い。
「終わったな」
「ああ。これで、証拠は消える」
兵士たちは、馬車に戻った。
そして、馬車を動かし始めた。
リディアは、地面に倒れ込んだ。
視界が、霞む。
体が、動かない。
毒が、回っている。
リディアは、必死に呼吸をした。
だが、息が、苦しい。
心臓が、早鐘のように打っている。
リディアは、空を見上げた。
月が、ぼやけて見える。
やはり、殺される運命だったのか。
前世でも、今世でも、リディアは誰にも救われない。
ただ、一人で死んでいく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、頬を伝う。
体が、冷たくなっていく。
馬車の音が、遠ざかっていく。
兵士たちは、リディアを荒野に放置して、去っていく。
リディアは、一人きりだ。
荒野の、真ん中。
誰もいない。
誰も、助けに来ない。
リディアは、震える手を、胸に当てた。
心臓の音が、弱くなっている。
もう、長くない。
リディアは、小さく呟いた。
「ごめんなさい……誰も……救えなかった……」
その声は、風に消えた。
月が、冷たく輝いている。
リディアの体は、動かなくなった。
呼吸が、止まる。
心臓が、止まる。
リディアは、死んだ。
荒野に、一人取り残されて。
暗闇。
リディアの意識は、どこか遠くへ流されていく。
体の感覚が、ない。
痛みも、ない。
ただ、暗闇だけがある。
そして——。
光が、見えた。
リディアは、目を開けた。
そこは、白い部屋だった。
無機質な蛍光灯の光が、天井から降り注いでいる。
リディアは、机に向かっていた。
白衣を着ている。
目の前には、モニター。
データが、画面に映し出されている。
グラフ。
数値。
患者の、症状記録。
リディアは、それを見つめていた。
これは——。
前世だ。
リディアは、製薬会社の研究室にいた。
リディアの手元には、分厚い報告書がある。
「薬害事件——副作用症例の統計的分析」
リディアは、その報告書をめくった。
ページに、びっしりとデータが書き込まれている。
患者たちの、苦しみの記録。
副作用で、神経が破壊された患者。
依存症になり、廃人と化した患者。
そして、死んだ患者。
リディアは、唇を噛んだ。
この薬は、危険だ。
製薬会社は、副作用を隠蔽している。
利益のために、人の命を危険に晒している。
リディアは、報告書を手に取った。
そして、立ち上がった。
上司の部屋へ、向かう。
扉をノックする。
「入れ」
リディアは、扉を開けた。
上司が、机に向かって座っている。
「何の用だ?」
「報告書を、提出します」
リディアは、報告書を机の上に置いた。
上司は、それを手に取り、ざっと目を通した。
そして、顔をしかめた。
「これは……何だ?」
「当社の薬の、副作用に関する報告書です」
「副作用?」
上司は、報告書を机に叩きつけた。
「君、これを公表するつもりか?」
「はい。患者さんたちが苦しんでいます。このままでは——」
「黙れ」
上司の声が、冷たくなった。
「君の研究は、会社の利益を損なう」
「ですが——」
「いいか、リディア。会社は、利益を上げるために存在している。患者の命など、二の次だ」
リディアは、息を呑んだ。
「そんな……」
「君が、この報告書を公表すれば、会社の株価は暴落する。そうなれば、君だけでなく、多くの社員が職を失う」
「でも、患者さんたちは——」
「患者など、どうでもいい」
上司は、冷たく言い放った。
「君は、会社の方針に従え。それができないなら——」
上司は、リディアを睨みつけた。
「左遷だ」
リディアは、震えた。
「左遷……」
「そうだ。君を、地方の支社に飛ばす。そこで、一生雑用でもしていろ」
上司は、報告書を破り捨てた。
「二度と、こんなものを持ってくるな」
リディアは、破られた報告書を見つめた。
涙が、込み上げてくる。
だが、リディアは何も言えなかった。
ただ、部屋を出た。
廊下を歩く。
同僚たちが、リディアを避ける。
誰も、リディアに声をかけない。
リディアは、孤立していた。
上司の命令で、左遷された。
誰も、リディアを信じてくれなかった。
真実を訴えても、誰も聞いてくれなかった。
光が、消えた。
リディアは、再び暗闇の中にいた。
そして、気づいた。
セレナの手口は、あの時の会社と同じだ。
利益優先。
人命軽視。
副作用の隠蔽。
告発者の排除。
全て、同じだ。
前世でも、今世でも、リディアは同じ構造に立ち向かっている。
そして、両方とも、負けた。
リディアは、拳を握った。
だが、体は動かない。
毒が、リディアを蝕んでいる。
痛みが、再び襲ってくる。
胃が、焼けるように痛い。
心臓が、弱々しく打っている。
リディアは、叫びたかった。
だが、声が出ない。
ただ、心の中で、叫んだ。
もう一度。
もう一度、チャンスがあれば。
今度こそ、戦う。
今度こそ、真実を証明する。
セレナを、止める。
患者たちを、救う。
もう、逃げない。
もう、諦めない。
リディアは、願った。
神様。
誰でもいい。
もう一度だけ、チャンスを。
リディアの意識は、再び暗闇に沈んでいった。
リディアは、目を開けた。
荒野だ。
リディアは、地面に倒れていた。
頬が、冷たい土についている。
ざらざらとした感触。
乾いた、荒野の土。
リディアは、動こうとした。
だが、体が動かない。
手も、足も、まるで鉛のように重い。
毒が、全身を巡っている。
リディアは、空を見上げた。
満月が、輝いている。
冷たく、白い光。
月は、リディアを見下ろしている。
まるで、死を見届けるかのように。
リディアは、呼吸をした。
浅い。
苦しい。
空気が、うまく入ってこない。
遠くで、音が聞こえた。
遠吠え。
狼だ。
リディアは、震えた。
狼が、近づいてくる。
このまま、ここで死ねば、リディアの死骸は狼に食われる。
誰も、リディアを見つけてくれない。
誰も、リディアを埋葬してくれない。
ただ、荒野の土に還るだけだ。
リディアは、涙が込み上げるのを感じた。
死ぬのが、怖い。
一人で、死ぬのが、怖い。
誰も、私を救ってくれない。
前世でも、今世でも、誰もリディアを救ってくれなかった。
リディアは、孤独だった。
ずっと、一人きりだった。
涙が、頬を伝った。
冷たい土に、染み込んでいく。
リディアは、震える唇を動かした。
「神様……」
小さな、声。
風に、消えそうな声。
「もし……本当に、いるなら……」
リディアは、祈った。
「もう一度だけ……チャンスを……」
リディアの視界が、霞んでいく。
月が、ぼやけて見える。
星が、揺れている。
リディアは、もう一度言った。
「お願い……もう一度だけ……」
心臓の音が、遠くなっていく。
体が、冷たくなっていく。
感覚が、消えていく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、止まらない。
「誰か……助けて……」
だが、誰も答えない。
荒野には、リディア一人だ。
狼の遠吠えが、また聞こえた。
近い。
もう、すぐそこまで来ている。
リディアは、震えた。
だが、もう動けない。
ただ、死を待つだけだ。
リディアは、小さく呟いた。
「せめて……人を……救いたかった……」
その声は、風に消えた。
リディアの心臓が、弱々しく打っている。
一つ。
二つ。
三つ。
そして——。
止まった。
リディアの呼吸が、止まった。
体が、動かなくなった。
リディアは、死んだ。
荒野の、冷たい土の上で。
だが——。
その時。
リディアの視界が、暗転した。
完全な、闇。
何も、見えない。
何も、聞こえない。
ただ、闇だけがある。
リディアは、浮遊している感覚を覚えた。
体がない。
重力がない。
ただ、意識だけがある。
そして——。
光が、見えた。
小さな、光。
遠くで、輝いている。
リディアは、その光に引き寄せられた。
光が、だんだん大きくなる。
眩い。
白い。
温かい。
リディアは、光の中に飲み込まれた。
全てが、白く染まる。
リディアの意識も、白く染まる。
そして——。
光が、爆発した。
眩い、眩い光。
リディアは、その光に包まれた。
温かい。
優しい。
まるで、誰かに抱きしめられているかのような。
リディアは、涙が溢れるのを感じた。
ああ——。
これが、死なのか。
リディアは、光の中で、静かに目を閉じた。


