数日間の旅。
馬車は、ようやく目的地に着いた。
リディアは、窓から外を見た。
そこには——。
広大な、自然が広がっていた。
緑の丘。
青い空。
遠くには、山々が連なっている。
王都とは、まるで違う景色だった。
馬車は、街へ入った。
ヴァレンティス侯爵領の、中心街だ。
だが、王都のような華やかさはない。
石造りの、質素な建物が並んでいる。
道は、土だ。
人々は、素朴な服を着ている。
リディアは、窓から街を見つめた。
ここが、リディアの新しい場所だ。
馬車が、街の中を進む。
人々が、馬車を見た。
そして、カイルの紋章を見て、頭を下げる。
だが、その顔には恐れの色がある。
冷酷な侯爵。
領民たちは、カイルを恐れている。
だが——。
ある老婆が、馬車の窓を覗き込んだ。
そして、エリスを見た。
老婆の顔が、驚きに染まった。
「エリス様……! お元気に……!」
老婆は、涙を流した。
他の領民たちも、気づいた。
「エリス様だ!」
「本当に、お元気になられた!」
「奇跡だ!」
領民たちが、馬車の周りに集まってきた。
皆、喜びの表情だ。
エリスは、窓から手を振った。
「みんな、ただいま!」
領民たちは、歓声を上げた。
リディアは、その光景を見て、胸が温かくなった。
エリスは、領民たちに愛されている。
そして、領民たちは、エリスの回復を心から喜んでいる。
馬車は、侯爵邸へ向かった。
広い門をくぐり、庭を通る。
そして、邸宅の前で止まった。
カイルが、馬車から降りた。
そして、リディアに手を差し伸べた。
リディアは、その手を取り、馬車から降りた。
エリスも、カイルに抱きかかえられて降りた。
リディアは、邸宅を見上げた。
重厚な、石造りの建物。
王都の貴族の屋敷よりは質素だが、威厳がある。
カイルは、リディアに言った。
「ついて来い」
リディアは、カイルの後を追った。
邸宅の中を通り、裏庭へ。
そこには——。
古びた、石造りの建物があった。
「これが、研究棟だ」
カイルは、扉を開けた。
中は、埃をかぶっていた。
だが、広い。
実験台、棚、窓。
全て揃っている。
リディアは、目を輝かせた。
「ここを……私が使えるのですか?」
「ああ」
カイルは、頷いた。
「お前の好きに使え」
リディアは、感激した。
こんなに広い研究室。
前世でも、こんな場所は夢見たことがなかった。
リディアは、カイルを見た。
「ありがとうございます……」
カイルは、研究棟を出た。
「こっちだ」
リディアは、再びカイルの後を追った。
研究棟の裏には、さらに広い土地があった。
そこは——。
薬草園だった。
だが、荒れている。
雑草が生い茂り、手入れがされていない。
カイルは、その薬草園を見た。
「ここも、お前に任せる」
リディアは、薬草園を見渡した。
広い。
本当に、広い。
こんなに広い薬草園があれば、どんな薬草でも育てられる。
前世の知識を、全て活かせる。
リディアは、涙が込み上げた。
「こんなに広い薬草園……前世でも、夢見たことがない……」
カイルは、リディアを見た。
「前世?」
リディアは、慌てた。
「あ、いえ……昔、という意味です……」
カイルは、眉をひそめたが、追及しなかった。
「結果を出せ」
カイルの声が、厳しい。
「それが、お前の価値だ」
リディアは、カイルの目を見た。
その目には、厳しさがある。
だが、同時に、期待もある。
カイルは、リディアを信じている。
リディアが、結果を出すことを。
リディアは、頷いた。
「はい。必ず、結果を出します」
カイルは、わずかに頷いた。
「期待している」
カイルは、邸宅へ戻って行った。
リディアは、一人薬草園に残された。
リディアは、薬草園を見渡した。
荒れている。
だが、可能性に満ちている。
ここで、リディアは戦う。
人々を、救う。
薬学を、広める。
そして、いつか——。
王宮に、戻る。
リディアは、決意を新たにした。
新しい人生が、始まる。
翌日。
リディアは、研究棟の掃除を始めた。
埃をかぶった実験台を、布で拭く。
棚を整理し、ガラス瓶を並べる。
窓を開け、新鮮な空気を入れる。
リディアは、汗を拭いながら、部屋を見回した。
少しずつ、綺麗になっている。
リディアは、前世の研究室を思い出した。
白い、清潔な部屋。
最新の実験器具。
だが、あの研究室は、リディアにとって牢獄だった。
上司に監視され、自由な研究はできなかった。
だが、ここは違う。
ここは、リディアの場所だ。
誰にも邪魔されない。
自由に、研究ができる。
リディアは、微笑んだ。
その時。
扉をノックする音がした。
「リディア先生!」
エリスの声だ。
リディアは、扉を開けた。
エリスが、笑顔で立っている。
「おはよう、エリスちゃん」
「おはよう、リディア先生!」
エリスは、研究棟の中に入ってきた。
そして、キョロキョロと見回した。
「わあ、すごい! たくさんの瓶がある!」
リディアは、微笑んだ。
「ここで、お薬を作るのよ」
「お薬?」
エリスは、目を輝かせた。
「リディア先生、今日は何作るの?」
リディアは、考えた。
「そうね……今日は、風邪薬を作ろうかしら」
「風邪薬! 私も手伝う!」
エリスは、嬉しそうに跳ねた。
リディアは、エリスの手を取った。
「じゃあ、一緒に作りましょう」
リディアは、エリスに薬草の名前を教えた。
「これは、白い根草。鎮痛作用があるの」
「これは、黄色い花の蜜。栄養補給ができるわ」
エリスは、真剣な顔で聞いていた。
「リディア先生、すごいね! 何でも知ってる!」
リディアは、微笑んだ。
「エリスちゃんも、覚えられるわよ」
二人は、一緒に薬草をすり潰した。
エリスは、小さな手で乳鉢を持ち、一生懸命すり潰す。
リディアは、その姿を見て、胸が温かくなった。
穏やかな、時間。
前世では、味わえなかった時間。
リディアは、幸せを感じた。
午後、エリスは邸宅に戻った。
リディアは、一人で研究を続けた。
薬草を煎じ、調合し、瓶に詰める。
夕暮れになった。
リディアは、研究棟を出た。
空が、オレンジ色に染まっている。
リディアは、邸宅へ向かった。
廊下を歩いていると、カイルに会った。
「リディア」
カイルが、リディアを呼び止めた。
「はい?」
カイルは、少し躊躇った。
そして、言った。
「夕食を、一緒に食わないか」
リディアは、驚いた。
「夕食……ですか?」
「ああ」
カイルは、無表情だが、どこか照れているようだった。
「一人で食うのは、寂しい。付き合え」
リディアは、戸惑った。
だが、断る理由もない。
「はい……喜んで」
カイルは、わずかに頷いた。
「食堂で待っている」
カイルは、先に行った。
リディアは、自室で身支度を整えた。
そして、食堂へ向かった。
食堂は、広い。
長い木製のテーブルが、中央に置かれている。
カイルは、テーブルの上座に座っていた。
エリスも、隣に座っている。
「リディア先生!」
エリスが、手を振った。
リディアは、微笑んで近づいた。
「こんばんは」
カイルは、リディアに座るよう促した。
リディアは、カイルの向かい側に座った。
使用人が、料理を運んできた。
シンプルだが、温かい料理だ。
パン、スープ、肉料理。
三人は、食事を始めた。
エリスが、楽しそうに話す。
「ねえ、パパ! 今日ね、リディア先生とお薬作ったの!」
カイルは、エリスを見た。
「そうか」
「うん! すごく楽しかった!」
エリスは、目を輝かせた。
「リディア先生、何でも知ってるの!」
カイルは、リディアを見た。
「エリスが、楽しそうだ」
リディアは、微笑んだ。
「エリスちゃんは、いい子ですから」
カイルは、わずかに微笑んだ。
リディアは、驚いた。
カイルが、笑っている。
「娘は、お前が来てから、本当に変わった」
カイルの声が、優しい。
「毎日、笑っている」
カイルは、エリスの頭を撫でた。
「ありがとう、リディア」
リディアは、胸が熱くなった。
「いいえ……私こそ、ありがとうございます」
三人は、穏やかに食事を続けた。
エリスが、楽しそうに話す。
カイルが、時々笑う。
リディアも、微笑む。
温かい、家族のような時間。
リディアは、思った。
ここが、居場所だ。
リディアが、求めていた居場所。
食事が終わった。
リディアは、自室に戻った。
ベッドに横になる。
窓の外、星が輝いている。
リディアは、微笑んだ。
新しい日常が、始まった。
穏やかで、温かい日常。
リディアは、幸せだった。
数日後。
リディアは、自室で鏡の前に立っていた。
鏡に映る自分を、見つめる。
栗色の髪。
灰色の瞳。
変わらない、自分の顔。
だが——。
何かが、違う。
リディアの目には、光がある。
自信がある。
決意がある。
リディアは、鏡の中の自分に囁いた。
「私は、変わった」
リディアの声が、静かに響く。
「もう、王宮の影ではない」
リディアは、微笑んだ。
王宮では、リディアは透明人間だった。
誰にも見られず、誰にも必要とされなかった。
だが、ここは違う。
ここでは、リディアは薬師長だ。
領民たちを救う、薬師だ。
リディアは、気持ちを引き締めた。
新しい自分。
強い自分。
戦う自分。
リディアは、もう迷わない。
その日の午後。
リディアは、研究棟で薬を調合していた。
その時。
扉をノックする音がした。
「すみません……」
男性の声だ。
リディアは、扉を開けた。
そこには、中年の男が立っていた。
農夫のような、質素な服を着ている。
顔色が、悪い。
「どうされましたか?」
リディアは、優しく尋ねた。
「実は……体調が悪くて……」
男は、苦しそうに言った。
「頭が痛くて、吐き気がして……」
リディアは、男を研究棟の中に入れた。
椅子に座らせ、脈を取る。
前世の知識を使い、診断する。
「熱中症ですね」
リディアは、すぐに判断した。
「水分不足と、塩分不足です」
リディアは、薬を調合した。
塩を溶かした水と、栄養補給の薬草を煎じたもの。
「これを、飲んでください」
男は、リディアから薬を受け取った。
そして、飲んだ。
しばらくして、男の顔色が良くなった。
「ああ……楽になりました……」
男は、驚いた顔でリディアを見た。
「本当に、すぐに効きました……」
リディアは、微笑んだ。
「よかったです。今日は、無理をせず休んでください」
男は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……噂通りの、奇跡の薬師様だ……」
リディアは、驚いた。
「噂……?」
「はい。エリス様を救った、奇跡の薬師様がいらっしゃると」
男は、感激した顔で言った。
「本当に、ありがとうございます」
男は、何度も頭を下げて、研究棟を出て行った。
リディアは、一人残された。
奇跡の薬師様。
リディアは、微笑んだ。
噂が、広がっている。
リディアの治療が、領民たちに知られている。
リディアは、胸が温かくなった。
それから、数日間。
リディアの元には、次々と患者が訪れた。
腹痛の子供。
腰痛の老人。
怪我をした若者。
リディアは、全ての患者を診察し、治療した。
前世の知識と、この世界の薬学を組み合わせて。
患者たちは、皆回復した。
そして、感謝した。
リディアの評判は、領内に広がった。
「奇跡の薬師様だ」
「あの方のおかげで、命を救われた」
領民たちは、リディアを慕い始めた。
リディアは、実感した。
ここが、私の居場所だ。
ここで、私は人を救う。
リディアは、決意を新たにした。
夕暮れ。
リディアは、薬草園にいた。
荒れていた薬草園を、少しずつ整備している。
雑草を抜き、土を耕す。
そして、新しい薬草を植える。
リディアは、汗を拭いながら、薬草園を見渡した。
まだ、荒れている部分もある。
だが、少しずつ、綺麗になっている。
リディアは、微笑んだ。
空が、オレンジ色に染まっている。
夕日が、薬草園を照らしている。
温かい、光。
リディアは、その光を浴びながら、立っていた。
風が、吹く。
リディアの髪が、揺れる。
リディアは、目を閉じた。
ここが、始まりだ。
リディアの、新しい人生の始まり。
ここで、リディアは人々を救う。
薬学を、広める。
そして、力を蓄える。
いつか、王宮に戻るために。
セレナを止めるために。
真実を、明らかにするために。
リディアは、目を開けた。
夕日が、リディアを照らしている。
リディアは、微笑んだ。
希望に満ちた、笑顔。
リディアは、もう迷わない。
リディアは、戦う。
そして、勝つ。
リディアは、決意を固めた。
薬草園の中で、一人。
だが、リディアは孤独ではなかった。
カイルがいる。
エリスがいる。
領民たちがいる。
リディアには、味方がいる。
居場所がある。
リディアは、もう一人ではない。
夕日が、沈んでいく。
空が、紫色に染まる。
星が、輝き始める。
リディアは、薬草園を出た。
邸宅へ、戻る。
明日も、患者が来るだろう。
リディアは、彼らを救う。
一人一人、確実に。
リディアは、歩き続けた。
新しい人生を。
希望を持って。
馬車は、ようやく目的地に着いた。
リディアは、窓から外を見た。
そこには——。
広大な、自然が広がっていた。
緑の丘。
青い空。
遠くには、山々が連なっている。
王都とは、まるで違う景色だった。
馬車は、街へ入った。
ヴァレンティス侯爵領の、中心街だ。
だが、王都のような華やかさはない。
石造りの、質素な建物が並んでいる。
道は、土だ。
人々は、素朴な服を着ている。
リディアは、窓から街を見つめた。
ここが、リディアの新しい場所だ。
馬車が、街の中を進む。
人々が、馬車を見た。
そして、カイルの紋章を見て、頭を下げる。
だが、その顔には恐れの色がある。
冷酷な侯爵。
領民たちは、カイルを恐れている。
だが——。
ある老婆が、馬車の窓を覗き込んだ。
そして、エリスを見た。
老婆の顔が、驚きに染まった。
「エリス様……! お元気に……!」
老婆は、涙を流した。
他の領民たちも、気づいた。
「エリス様だ!」
「本当に、お元気になられた!」
「奇跡だ!」
領民たちが、馬車の周りに集まってきた。
皆、喜びの表情だ。
エリスは、窓から手を振った。
「みんな、ただいま!」
領民たちは、歓声を上げた。
リディアは、その光景を見て、胸が温かくなった。
エリスは、領民たちに愛されている。
そして、領民たちは、エリスの回復を心から喜んでいる。
馬車は、侯爵邸へ向かった。
広い門をくぐり、庭を通る。
そして、邸宅の前で止まった。
カイルが、馬車から降りた。
そして、リディアに手を差し伸べた。
リディアは、その手を取り、馬車から降りた。
エリスも、カイルに抱きかかえられて降りた。
リディアは、邸宅を見上げた。
重厚な、石造りの建物。
王都の貴族の屋敷よりは質素だが、威厳がある。
カイルは、リディアに言った。
「ついて来い」
リディアは、カイルの後を追った。
邸宅の中を通り、裏庭へ。
そこには——。
古びた、石造りの建物があった。
「これが、研究棟だ」
カイルは、扉を開けた。
中は、埃をかぶっていた。
だが、広い。
実験台、棚、窓。
全て揃っている。
リディアは、目を輝かせた。
「ここを……私が使えるのですか?」
「ああ」
カイルは、頷いた。
「お前の好きに使え」
リディアは、感激した。
こんなに広い研究室。
前世でも、こんな場所は夢見たことがなかった。
リディアは、カイルを見た。
「ありがとうございます……」
カイルは、研究棟を出た。
「こっちだ」
リディアは、再びカイルの後を追った。
研究棟の裏には、さらに広い土地があった。
そこは——。
薬草園だった。
だが、荒れている。
雑草が生い茂り、手入れがされていない。
カイルは、その薬草園を見た。
「ここも、お前に任せる」
リディアは、薬草園を見渡した。
広い。
本当に、広い。
こんなに広い薬草園があれば、どんな薬草でも育てられる。
前世の知識を、全て活かせる。
リディアは、涙が込み上げた。
「こんなに広い薬草園……前世でも、夢見たことがない……」
カイルは、リディアを見た。
「前世?」
リディアは、慌てた。
「あ、いえ……昔、という意味です……」
カイルは、眉をひそめたが、追及しなかった。
「結果を出せ」
カイルの声が、厳しい。
「それが、お前の価値だ」
リディアは、カイルの目を見た。
その目には、厳しさがある。
だが、同時に、期待もある。
カイルは、リディアを信じている。
リディアが、結果を出すことを。
リディアは、頷いた。
「はい。必ず、結果を出します」
カイルは、わずかに頷いた。
「期待している」
カイルは、邸宅へ戻って行った。
リディアは、一人薬草園に残された。
リディアは、薬草園を見渡した。
荒れている。
だが、可能性に満ちている。
ここで、リディアは戦う。
人々を、救う。
薬学を、広める。
そして、いつか——。
王宮に、戻る。
リディアは、決意を新たにした。
新しい人生が、始まる。
翌日。
リディアは、研究棟の掃除を始めた。
埃をかぶった実験台を、布で拭く。
棚を整理し、ガラス瓶を並べる。
窓を開け、新鮮な空気を入れる。
リディアは、汗を拭いながら、部屋を見回した。
少しずつ、綺麗になっている。
リディアは、前世の研究室を思い出した。
白い、清潔な部屋。
最新の実験器具。
だが、あの研究室は、リディアにとって牢獄だった。
上司に監視され、自由な研究はできなかった。
だが、ここは違う。
ここは、リディアの場所だ。
誰にも邪魔されない。
自由に、研究ができる。
リディアは、微笑んだ。
その時。
扉をノックする音がした。
「リディア先生!」
エリスの声だ。
リディアは、扉を開けた。
エリスが、笑顔で立っている。
「おはよう、エリスちゃん」
「おはよう、リディア先生!」
エリスは、研究棟の中に入ってきた。
そして、キョロキョロと見回した。
「わあ、すごい! たくさんの瓶がある!」
リディアは、微笑んだ。
「ここで、お薬を作るのよ」
「お薬?」
エリスは、目を輝かせた。
「リディア先生、今日は何作るの?」
リディアは、考えた。
「そうね……今日は、風邪薬を作ろうかしら」
「風邪薬! 私も手伝う!」
エリスは、嬉しそうに跳ねた。
リディアは、エリスの手を取った。
「じゃあ、一緒に作りましょう」
リディアは、エリスに薬草の名前を教えた。
「これは、白い根草。鎮痛作用があるの」
「これは、黄色い花の蜜。栄養補給ができるわ」
エリスは、真剣な顔で聞いていた。
「リディア先生、すごいね! 何でも知ってる!」
リディアは、微笑んだ。
「エリスちゃんも、覚えられるわよ」
二人は、一緒に薬草をすり潰した。
エリスは、小さな手で乳鉢を持ち、一生懸命すり潰す。
リディアは、その姿を見て、胸が温かくなった。
穏やかな、時間。
前世では、味わえなかった時間。
リディアは、幸せを感じた。
午後、エリスは邸宅に戻った。
リディアは、一人で研究を続けた。
薬草を煎じ、調合し、瓶に詰める。
夕暮れになった。
リディアは、研究棟を出た。
空が、オレンジ色に染まっている。
リディアは、邸宅へ向かった。
廊下を歩いていると、カイルに会った。
「リディア」
カイルが、リディアを呼び止めた。
「はい?」
カイルは、少し躊躇った。
そして、言った。
「夕食を、一緒に食わないか」
リディアは、驚いた。
「夕食……ですか?」
「ああ」
カイルは、無表情だが、どこか照れているようだった。
「一人で食うのは、寂しい。付き合え」
リディアは、戸惑った。
だが、断る理由もない。
「はい……喜んで」
カイルは、わずかに頷いた。
「食堂で待っている」
カイルは、先に行った。
リディアは、自室で身支度を整えた。
そして、食堂へ向かった。
食堂は、広い。
長い木製のテーブルが、中央に置かれている。
カイルは、テーブルの上座に座っていた。
エリスも、隣に座っている。
「リディア先生!」
エリスが、手を振った。
リディアは、微笑んで近づいた。
「こんばんは」
カイルは、リディアに座るよう促した。
リディアは、カイルの向かい側に座った。
使用人が、料理を運んできた。
シンプルだが、温かい料理だ。
パン、スープ、肉料理。
三人は、食事を始めた。
エリスが、楽しそうに話す。
「ねえ、パパ! 今日ね、リディア先生とお薬作ったの!」
カイルは、エリスを見た。
「そうか」
「うん! すごく楽しかった!」
エリスは、目を輝かせた。
「リディア先生、何でも知ってるの!」
カイルは、リディアを見た。
「エリスが、楽しそうだ」
リディアは、微笑んだ。
「エリスちゃんは、いい子ですから」
カイルは、わずかに微笑んだ。
リディアは、驚いた。
カイルが、笑っている。
「娘は、お前が来てから、本当に変わった」
カイルの声が、優しい。
「毎日、笑っている」
カイルは、エリスの頭を撫でた。
「ありがとう、リディア」
リディアは、胸が熱くなった。
「いいえ……私こそ、ありがとうございます」
三人は、穏やかに食事を続けた。
エリスが、楽しそうに話す。
カイルが、時々笑う。
リディアも、微笑む。
温かい、家族のような時間。
リディアは、思った。
ここが、居場所だ。
リディアが、求めていた居場所。
食事が終わった。
リディアは、自室に戻った。
ベッドに横になる。
窓の外、星が輝いている。
リディアは、微笑んだ。
新しい日常が、始まった。
穏やかで、温かい日常。
リディアは、幸せだった。
数日後。
リディアは、自室で鏡の前に立っていた。
鏡に映る自分を、見つめる。
栗色の髪。
灰色の瞳。
変わらない、自分の顔。
だが——。
何かが、違う。
リディアの目には、光がある。
自信がある。
決意がある。
リディアは、鏡の中の自分に囁いた。
「私は、変わった」
リディアの声が、静かに響く。
「もう、王宮の影ではない」
リディアは、微笑んだ。
王宮では、リディアは透明人間だった。
誰にも見られず、誰にも必要とされなかった。
だが、ここは違う。
ここでは、リディアは薬師長だ。
領民たちを救う、薬師だ。
リディアは、気持ちを引き締めた。
新しい自分。
強い自分。
戦う自分。
リディアは、もう迷わない。
その日の午後。
リディアは、研究棟で薬を調合していた。
その時。
扉をノックする音がした。
「すみません……」
男性の声だ。
リディアは、扉を開けた。
そこには、中年の男が立っていた。
農夫のような、質素な服を着ている。
顔色が、悪い。
「どうされましたか?」
リディアは、優しく尋ねた。
「実は……体調が悪くて……」
男は、苦しそうに言った。
「頭が痛くて、吐き気がして……」
リディアは、男を研究棟の中に入れた。
椅子に座らせ、脈を取る。
前世の知識を使い、診断する。
「熱中症ですね」
リディアは、すぐに判断した。
「水分不足と、塩分不足です」
リディアは、薬を調合した。
塩を溶かした水と、栄養補給の薬草を煎じたもの。
「これを、飲んでください」
男は、リディアから薬を受け取った。
そして、飲んだ。
しばらくして、男の顔色が良くなった。
「ああ……楽になりました……」
男は、驚いた顔でリディアを見た。
「本当に、すぐに効きました……」
リディアは、微笑んだ。
「よかったです。今日は、無理をせず休んでください」
男は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……噂通りの、奇跡の薬師様だ……」
リディアは、驚いた。
「噂……?」
「はい。エリス様を救った、奇跡の薬師様がいらっしゃると」
男は、感激した顔で言った。
「本当に、ありがとうございます」
男は、何度も頭を下げて、研究棟を出て行った。
リディアは、一人残された。
奇跡の薬師様。
リディアは、微笑んだ。
噂が、広がっている。
リディアの治療が、領民たちに知られている。
リディアは、胸が温かくなった。
それから、数日間。
リディアの元には、次々と患者が訪れた。
腹痛の子供。
腰痛の老人。
怪我をした若者。
リディアは、全ての患者を診察し、治療した。
前世の知識と、この世界の薬学を組み合わせて。
患者たちは、皆回復した。
そして、感謝した。
リディアの評判は、領内に広がった。
「奇跡の薬師様だ」
「あの方のおかげで、命を救われた」
領民たちは、リディアを慕い始めた。
リディアは、実感した。
ここが、私の居場所だ。
ここで、私は人を救う。
リディアは、決意を新たにした。
夕暮れ。
リディアは、薬草園にいた。
荒れていた薬草園を、少しずつ整備している。
雑草を抜き、土を耕す。
そして、新しい薬草を植える。
リディアは、汗を拭いながら、薬草園を見渡した。
まだ、荒れている部分もある。
だが、少しずつ、綺麗になっている。
リディアは、微笑んだ。
空が、オレンジ色に染まっている。
夕日が、薬草園を照らしている。
温かい、光。
リディアは、その光を浴びながら、立っていた。
風が、吹く。
リディアの髪が、揺れる。
リディアは、目を閉じた。
ここが、始まりだ。
リディアの、新しい人生の始まり。
ここで、リディアは人々を救う。
薬学を、広める。
そして、力を蓄える。
いつか、王宮に戻るために。
セレナを止めるために。
真実を、明らかにするために。
リディアは、目を開けた。
夕日が、リディアを照らしている。
リディアは、微笑んだ。
希望に満ちた、笑顔。
リディアは、もう迷わない。
リディアは、戦う。
そして、勝つ。
リディアは、決意を固めた。
薬草園の中で、一人。
だが、リディアは孤独ではなかった。
カイルがいる。
エリスがいる。
領民たちがいる。
リディアには、味方がいる。
居場所がある。
リディアは、もう一人ではない。
夕日が、沈んでいく。
空が、紫色に染まる。
星が、輝き始める。
リディアは、薬草園を出た。
邸宅へ、戻る。
明日も、患者が来るだろう。
リディアは、彼らを救う。
一人一人、確実に。
リディアは、歩き続けた。
新しい人生を。
希望を持って。


