取引先のエリート社員は憧れの小説作家だった

あれから数ヶ月後、コンテストの発表があった。

私の応募した作品は、何の賞も得られず、かすりもしなかった。

橘さんに絶賛され、嫉妬され、苦しんだ結果こうなったのは複雑な気持ちだった。

でも、これからまた頑張ろうって思えた。

橘さんの力だけじゃなく、私自身がもっと成長しないといけない。

三浦さんの作品は審査員特別賞を受賞した。

まだ若い才能はどんどん芽吹く。

私もまだ始まったばかり。

それよりびっくりしたのは……

橘さんも別のコンテストに作品を応募していた事。

受賞はしなかったけど、候補作に選ばれてメディアに取り上げられて知った。

「橘さんなんで黙ってたんですか!?」

私はニュースを知った日、会社の昼休憩中に電話をした。

「言って何も成果がなかったら恥ずかしかったから」

恥ずかしいって!

「もう既に他で賞は取ってるじゃないですか!」

「美鈴が頑張ってるの見て、俺もこっそりやってたんだよ」

知らなかった……

「どんな作品だったんですか……?」

「言いたくない」

「じゃあ帰ったら見せて下さい!!」

私は何の成果もなかったのに、こっそり応募して候補作に選ばれるなんて……

私だって嫉妬している。

キャリアもレベルも経験も圧倒的に私が下なのに。

私はその日、足早に帰った。

◇ ◇ ◇

橘さんの部屋で待ち伏せをしていた。

橘さんが帰った瞬間、急いで玄関に行った。

「見せてください!」

私の勢いに負けたのか、書斎に行って原稿を見せてくれた。

そのストーリーは……

バーで出会った男と女の愛憎劇だった。

「え?橘さん…プラトニックは……」

「挑戦だよ」

私と違うのは、そういう描写がほぼなく、丁寧な心理描写で書かれていた。

そして、二人の愛が報われる結末だった。

ハラハラドキドキして、読み終わった後、心がジーンとした。

「ああ、やっぱりこれは翠川雅人の作品です……美しいです」

「美鈴みたいな引き摺り込まれるようなものは書けなかったけどな」

「世間はこういう作品を求めてるって事ですよ!橘さんが正しいんですよ」

私の作品は世間が求めてるものというより、橘さんが求めてるものを書いてるに近い。

最初はそれでいいか悩んだし、理想の作品を書けなくなって橘さんに怒ったけど、橘さんに認められるのが一番嬉しかった。

自分だけの力で作ったものも認められたら、私は自分の作品に自信が持てるようになる。

「橘さん…ところでこの作品って、私達の間で起こった事を元に書いてますよね……?」

「うん。キャラクターの設定はだいぶ違うけどな」

男は平凡なサラリーマン。

女は職業も年齢も不明。

平凡なサラリーマンがバーで女と出会って一夜を共にする。同じマンションに女が引っ越してきて、どんどん女の趣味に染まって、身も心も侵食されていって──
離れようとしたけど、女の弱さを知った男が、全てを受け入れて二人で生きていく、そんな話だった。

「私達の出会いが創作になって、それが誰かの心に響いたなら、私は橘さんと出会えてよかったって思えます」

橘さんはゆっくりと私の方に近づいてきた。

「俺も美鈴に出会えてよかった。俺が頑張れたのは美鈴のおかげだ。」

橘さんに抱き締められた。

「私も橘さんのおかげで書けてます。」

橘さんの温もりが私の全てを満たしていく。

「俺を追い越してみろよ。俺に憎まれるくらい凄いストーリーたくさん書けよ。」

「はい……頑張ります。」

やっとお互い一緒に歩む準備ができた気がした。

あなたが私を憎んだとしても、私の側にいて欲しい。

私も辛くなっても離れない。


「次の設定を渡す」

「え?」

「真面目な銀行員の男がいる。男は仕事帰りにある女を助ける。その女は悪魔だった。女は男に契約を持ちかける」

「何だと思う?」

「わ、わかりません……」

「それを考えるんだ。期待している。」

肝心な部分が!!

でもそれを書く、書き続ける。

貴方のそばで──


──fin