──夏祭りの夜。


浴衣姿の人であふれる参道を、私は結城先輩と並んで歩いていた。

屋台の明かり、金魚すくい、焼きそばの匂い。

どこを見てもきらきらしていて、胸が高鳴る。


「ほら、遅せぇぞ」


人混みをかき分けながら、結城先輩が私の手を強く握る。

繋いだまま離さないその手に、心臓が跳ねた。


「す、すみません……」

「謝んな。……もう離さねぇから」


冗談みたいに言いながらも、その瞳は本気だった。

思わず顔が熱くなる。

風鈴の音がかすかに響く。

屋台の灯りが二人の影を長く伸ばしていた。

この手を繋いで歩くたびに、世界が少し変わって見える気がした。

あの日の体育館も、放課後の廊下も、今のこの夏の夜に続いていたんだ――。





──広場。


夜空に花火がひらく。

鮮やかな光が結城先輩の横顔を照らし出した。


「なあ」


彼がふっとこちらを見た。


「俺、やばいわ。……お前のこと、好きすぎる」


胸の奥がいっぱいになって、笑顔と涙が混ざる。


「……私もやばいです。……大好きです」


震えながらも、やっと言えた。


「翠」


名前を呼ばれた瞬間、肩を抱き寄せられる。

花火の音にかき消されながら、唇が重なった。


──世界が花火に包まれても、
私たちの時間はそれ以上に鮮やかだった。


(あのとき、もし勇気を出せていなかったら)

(この景色も、今の私も、きっとなかった)


怖かった日々も、全部この瞬間につながっていたんだ。





少し離れた場所。

浴衣姿の莉子が、りんご飴を手に微笑む。


「やっとだね」


隣の大和は苦笑しながらも、まっすぐ二人を見つめていた。


(……わかってたよ。結局、翠ちゃんの心はずっと結城さんにあったんだ)


胸の奥が痛む。

でも、その痛みを飲み込むように笑って言う。


「ま、俺は翠ちゃんの味方だから。これからもずっと」


莉子は横目で彼を見て、小さくため息をついた。





一方、美月は参道の灯りの中で一人立ち止まっていた。

煌大の笑顔、その隣にいる翠の姿。

胸が締めつけられる。

でも次の瞬間、口元に穏やかな笑みを浮かべた。


(……これでいい。私だって前に進める)


夏の夜風に吹かれながら、凛とした瞳で歩き出した。

遠くでまた花火が上がる。

その光の下で、四人の想いはそれぞれの形でひとつの季節を終えていく。

痛みも、憧れも、恋の始まりも――全部、同じ夏の中にあった。





──花火の音が空に響き続ける。


結城先輩と私の指はしっかり絡まったまま。


「これからも、ずっと一緒にいような」


真っ直ぐな声に、胸が熱くなる。

私は笑顔で頷いた。

──夏の夜に交わした約束は、胸の奥に永遠の光を刻んだ。

こうして、私と結城先輩の恋は始まった。

たくさんの想いがすれ違い、少しずつ重なって、やっと辿り着いたこの場所。

でも、これはまだ“はじまり”。

このあと私たちは、恋をすることの難しさや、誰かを想う強さを、もう一度知ることになる。





【追記】
これで第1部は完結です。
ここまで読んでくださった皆さま、
本当にありがとうございました!