病院から戻った次の日からも原角君…いや、僕の中の"アイツ"は話しかけてきた。

"アイツ"の態度は急変した。まるで僕を見下すように…

『なぁ、お前じゃ誰の期待にも答えられない。だから俺がいるんだ、俺と代われ!そうすれば皆幸せだ』

そんな言葉に心が揺れる…気付けば僕は"アイツ"と屋上に来ていた。


眼下には一心不乱に走る陸上部の生徒達がいた…

ふいに屋上へ通じる扉が音もなく開く…彩だった

「ねぇ、建ちゃん…建ちゃんの前には理想の自分っていう壁があるんだね」

「うん…僕が"アイツ"に勝たなきゃ消えないって」

「私も…手伝えないかな?少しでも…」


そんな言葉に思わず泣いてしまいそうだった。

彩と二人並んでグラウンドを眺める…



陸上部は今も走っている

刹那、いつかの体育で"アイツ"が僕の前を走っていたのを思い出した。

(あの人達も記録を伸ばすため、毎日『自分』と戦ってる…)

目を閉じて"アイツ"とのレースに勝つ想像をしてみる…すると心の中に燃える小さな炎があるのに気付いた。

「勝てるかもしれない…」

"アイツ"の背中を…追い越す。
僕は生まれて初めて勇気を出した。

彩と一緒に陸上部の顧問の所へ行き、そのまま入部させてもらった。
彩はマネージャーとして僕を支えてくれる。

自信はなかった…けれど"アイツ"を追い越せば僕は変われる、そんな確信があったんだ。



僕が選んだ種目は5000m走…"アイツ"を追い越すにはこれくらい必要な気がしたから。

雨の日も、雪の日も僕は走り続けた。

"アイツ"はその間も現れ、僕の前を嘲笑うかの様に走り去る。

それを見て弱気になる僕を彩はいつも励ましてくれた。

少しずつ練習を重ね、他の部員ほどではないけれど僕は力をつけていった。

走る…走る…
渇いたグラウンドに砂煙を上げながら…
雨の街角に水しぶきを上げながら…
朝焼けの通学路、夕日に染まるグラウンド、夜霧の河川敷…
全てが僕の練習場だった。


そうして幾月も過ぎ…いつの間にか蝉の声が響き渡る季節になっていた。

陸上競技大会…僕はそこで"アイツ" と戦う、そう決めた