この祝宴の一件で、
国中に「国主は雪蘭を深く愛している」
という噂が一気に広まった。

そのため、表向きの冷遇は影を潜め、
後宮内では雪蘭に丁寧な言葉が向けられるようになった。
――しかしそれは建前では、の話。

璃月は、凌暁の前でこそ殊勝な顔を見せるが、
雪蘭が一人になると、陰険な嫌がらせが始まった。
・雪蘭の衣にだけ欠かせない刺繍糸が隠される
・女官がわざと遅れて来て、雪蘭の予定を乱す
・雪蘭の茶だけ味が薄い
・髪を結う簪を、わざと落とすふりをして傷つける

「雪蘭様、これは……お似合いになられませんから。」
「雪蘭様、こちらはもうお済みでしょう? 片付けますね。」
丁寧な言葉で、侮蔑を塗り込めてくる。
雪蘭は最初こそ耐えていたが……
じわり、と胸の奥で黒いものが広がっていた。
(……どうして、こんなことをするの……)
怒り、悲しみ、不安。
負の感情が静かに膨らむたび、
胸元の護符が、かすかに脈を打った。

まるで、雪蘭の心に合わせて呼吸するように。