しかしこの二人はまだそれを知らない。
凌暁が雪蘭の肩を抱く。
蓮音に一礼し、
雪蘭と共に神殿をあとにする。
ふたりの背が遠ざかるにつれ、
蓮音の微笑みはゆっくりと消えた。
そして深い溜息。
「……これでいい。
私が生き残るためには、これしかないの。」
その手は、まだ雪蘭に触れたぬくもりを覚えている。
だが次第に、冷たい震えへと変わっていった。

雪蘭に渡した護符――
それは霊力を“安定”させるものではない。
雪蘭の霊力を乱し、
精神と体を蝕む呪詛の護符。

彼女がその身に着けることで、
霊力は制御を失い、
やがて“天に選ばれし媒介者”の力そのものが壊れていく。

蓮音の計画の第一歩が、
静かに、確実に動き出した。

雪蘭たちが天啓を去るとき、
澄み渡る空は美しいほど青かった。
その清らかさとは裏腹に、
見えない闇が雪蘭の胸元から、
そっと忍び寄っていた。