聖地まであと二日の道のり。
山間の街道を抜けた先にある宿は、
巡礼の者たちのために設けられた古い屋敷であった。
木々のざわめきの中、
雪蘭は馬車を降りると、
吐く息の白さに肩をすくめた。
昼は陽が差していたが、
山の夜は早く冷える。

「お部屋の支度が整いました。」
と侍女が告げる。
その言葉に雪蘭は小さく頷いて足を進めた。
しかし、帳をくぐった途端――彼女の動きが止まる。

寝台が、一つしかない。

侍女たちは当然のように、
香を焚き、寝具を整え、そして静かに退室した。
残されたのは、雪蘭と凌暁、二人きり。
部屋に灯された灯明が、二人の影を壁に映す。

(……同じ、寝台に寝るというの…?)
動揺した雪蘭の肩がわずかに震える。
凌暁はその様子に気づき、
少し戸惑ったように目を伏せた。

「この宿は部屋数が少ないゆえ、致し方ないのだろう。だが――」
彼は一拍おいて、やや低い声で言った。
「雪蘭殿は旅で疲れているだろう。旅はまだ続く。今宵はゆっくり休みなさい。私は外で火の番をしてくる。」
 「……外で、ですか?」

 「心配はいらない。夜気は冷たいが、戦地での野営には慣れているから。」
そう言って、彼は外套を羽織り、
静かに部屋を出て行った。
扉が閉まる音がやけに重く響いた。
雪蘭の胸の奥に、ひやりとした空白が広がる。

――やはり、私と過ごすのは嫌なのだろうか。

冷静を装おうとするほど、胸が痛む。
政略で結ばれたとはいえ、
妻として選ばれたのは自分。
けれど、彼の心の内にはまだ入れない。

1人残された雪蘭は寝台の端に腰を下ろし、
手を膝の上で固く握りしめた。
窓の外では風が唸り、遠くで焚き火の光が瞬く。
炎の傍らに、凌暁の影が見える気がした。