その夜、
凌暁と雪蘭はほとんど言葉を交わさなかった。
どちらも胸の底で、
同じ確信に触れてしまっていたからだ。

――自分たちこそが、幻獣に選ばれた。明日、何かが必ず起こる。

そんな運命の気配が、
ふたりの呼吸の間に静かに横たわる。

灯りを落とした寝室。
しんと静まった闇の中、
雪蘭の寝台の横に腰掛けた凌暁は、
眠りにつこうと横を向いた彼女の横顔をじっと見つめた。

長い睫毛。白い頬。
淡くゆらぐ胸の呼吸。
そのすべてを“今この瞬間の雪蘭”として焼きつけるように、
彼はただ黙って見つめ続ける。

視線に気づいた雪蘭は、
そっと彼に顔を向けた。
闇の中で、互いの瞳がふっと絡む。
「あの……どうなさいました?」
小さく問いかけた雪蘭の声は、
張り詰めた空気をそっと揺らした。

その瞬間――
凌暁は突然、
たまらない衝動に突き動かされた。

もし明日、彼女が神の世界へ連れ去られてしまったら?
二度と触れられなくなってしまったら?

胸が震え、喉が疼くように痛み、
恐怖と愛しさが堰を切る。
「……雪蘭」
掠れた声で名前を呼んだ次の瞬間、
凌暁は彼女を強く、強く抱きしめていた。
「りょ、凌暁さま!?」
驚く間もなく、
その腕はしがみつくように固く雪蘭を包み込む。
「……怖い。そなたが……どこかへ行ってしまうのが、怖いんだ。」
耳元に落とされた声は震えていた。
「私は……そなたを失いたくない。たとえ明日、何があろうとも。雪蘭、私は……そなたを愛している。」