黎明の麒麟ー凌暁と雪蘭の伝説ー

ふと気づくと、
二人は何もない白い野原のような場所に立っていた。

雪蘭の手を握る凌暁。
雪蘭の身体は完全に実体を持ち、
二人とも霊体ではない……
が、世界の色が異質だった。

「ここは……?」
雪蘭が呟いた瞬間、
白い靄の中から、柔らかな足音が響く。
現れたのは──
白い鹿。

しなやかな肢、透き通る毛並み、
角は淡い金色の光を帯び、
その姿はまさに麒麟の化身。

鹿は口を動かさず、
しかし“声”だけが脳内に直接響いてきた。
【問おう。そなたらは、平和とは何だと思う】

雪蘭は息を呑む。
凌暁は胸の奥が震えるのを感じた。
鹿の“声”は静かで、
しかし世界が震えるほどの重みがあった。

恐れを抱きながらも、雪蘭は一歩前に出る。
「……怖れのない夜と……祈りのいらない明日、でしょうか。誰もが、普通に笑って過ごせる日々……それが、平和だと……」
自分の声が震えているのがわかった。
しかし鹿は静かにその言葉を受け止めるように目を細めた。

凌暁も雪蘭の隣に立ち、はっきりと言った。
「誰かが守るべきために剣を振るわなくて済む世界だ。勝つためではなく、生かすために……力を使える世界。それが私の目指す平和だ。」

鹿はゆるりとまぶたを閉じ──
一度だけ、深く頷いた。
その仕草は、
言葉よりも強い“肯定”の証。

雪蘭は胸が熱くなり、
凌暁はその光景を見つめながら拳を握りしめた。

やがて鹿の身体が輝きを増し、
ゆっくりと粒子になって空へ昇っていく。
そして完全に姿を消した。

それと同時に二人の足元の地が揺れ始め──
遠くで誰かが呼ぶ声が聞こえる。
それは現実世界の蓮音の声だった。