― 沈黙の果て

二日間の沈黙が明ける刻、
山の洞窟にも、
神泉にも同じ風が吹いた。
その風は清く、柔らかく、
まるで天地を貫く一筋の糸のようだった。

祈りを終え、再び出会った二人。
どちらの顔にも濃い疲労の色が浮かぶ。
神殿の回廊にて、
長い沈黙を破ったのは雪蘭だった。
「……凌暁様。私、泉の底で……玄武を見ました。幻獣を見たなんておかしなことを言うと思うかもしれませんが……」
凌暁は驚くことなく、穏やかに頷いた。
「おかしいとは思わない。やはり、そなたには視えるのだろう。実は私も――あの光を再び見た。」
「光?」
「ああ。そなたが旅の道中で鹿を見たと言った日の夜。不思議な光を見たんだ。あの時は微かな灯だった。だが今は、はっきりと形を成している。鹿は麒麟の化身とされている。そなたと私が見たあれは……麒麟の気ではないか。」

雪蘭の瞳が大きく開かれる。
「麒麟……」
五幻獣の中で最も尊いとされる存在。
鹿に似た体、龍の鱗、牛の尾を持つ神獣。
夜になると体の模様が淡く発光し、
星々のように瞬く。
麒麟は慈愛と調和の象徴とされ、
戦乱の世には決して姿を現さず、
太平の兆しとして降り立つと言われていた。

凌暁は低く続けた。
「もし幻獣たちが再び現れたなら、それは――誰かが“彼らの声を聞いた”という証。つまり、加護が戻る時かもしれない。」

雪蘭は静かに頷いた。
「……その時は、きっと凌暁様の元に現れるでしょう。」
「いや」
凌暁はかすかに笑った。
「私はそうは思わぬ。あの光は、そなたの方へ伸びていたのだ。」

雪蘭は頬を染め、俯いた。
けれど、彼女の胸の中には
なぜだか分からないが確信があった。
かつて夢の中に出てきた鹿は彼女に告げたのだ。

『お前が愛し、信じる者の中に――光は現れよう』と。