「ご心配なく。……寒さには慣れております。」
雪蘭は璃月の申し出をすげなく断る。
「まあ、そうですか。それはそうと……」
尚麗は小首を傾げた。
「国主様があなたをお選びになったのは、政のため。愛ではないと、皆が申しておりまして。」
雪蘭の胸の奥で、
何かがかすかに軋んだ。
けれど唇は微動だにしない。
この女はわざわざこれを言うために、
私に声をかけたのだ。
私がそれを忘れないように、
まるで暗示をかけるかの如く。

「……そう、でしょうね。わたくしも、それを承知で嫁ぎました。」
「まあ。潔いお言葉。」
璃月は唇に朱を引くような笑みを浮かべ、背を向けた。
「けれど、政も愛も、手にできるのは一人だけ——ですものね。」
璃月がことあるごとに雪蘭に突っかかるのは、
彼女が権力に固執しているからに他ならない。
国主の側近く仕える尚麗の中には、
国主の寵愛を得て正妻を凌ぐ権力を握った者もおり、
璃月もそれを望んでいる。

最初、
なぜ璃月にここまで敵視されるのか
雪蘭は全くもって分からなかったが、
女官たちの噂話を偶然立ち聞きして
璃月の野心を知るところとなった。

璃月の足音が遠ざかると、
庭に吹きすさぶ雪風が一陣、
雪蘭の袖をはためかせた。
薄紅の椿が一輪、雪に散る。
ふと空を見上げると、
白い靄のようなものが青天を駆け抜けていった。

それがこの国の運命を変える“兆し”であることを、
この時、まだ誰も知らなかった。