雪蘭の番が告げられた。
胸の奥が、鼓動のように高鳴る。

(私は、他の誰かのように艶やかな舞は踊れない。でも……凌暁様の妻として、恥じぬように――)

深く一礼し、舞台に足を踏み入れる。
鈴の音が響いた。

静寂が周囲を包む。

雅楽の音色に合わせて最初の一歩を踏み出す。
袖が流れ、足が砂を蹴るたび、
朱の炎がふっと揺れた。

雪蘭は舞う。
清らかに、慎ましく。
だが、その動きには不思議な力が宿っていた。

観る者たちは、
最初は「美しいが平凡だ」と思った。
しかし、舞が進むにつれ――
炎が、雪蘭の周囲に寄り添うように形を変え始めたのである。
それはまるで、
彼女の舞に呼応するかのように。

風が巻き起こり、
炎がひと筋の鳥の形を成した。
「……朱雀……!」
誰かが息を呑む声が響く。

その瞬間、雪蘭の袖が翻り、
朱の光が空へ舞い上がった。
舞台の炎は、彼女の周囲だけ静かに揺れていた。

雪蘭は深く集中しており、
彼女の心は凪いでいた。
雪蘭の瞳に映るのはただ一人――
観覧席にいる凌暁だけであった。

彼は驚いたように息を止め、
その瞳は雪蘭の舞を凝視している。

(……凌暁様が私を、見ていてくださる……)

そう思うだけで身体中に力が湧いてきて、
力強く舞い続けた。
やがて雪蘭は最後の一歩を踏みしめ、
炎の中に花びらのように身を沈める。

雪蘭が舞を終えても、
皆呆然として拍手も歓声もなかった。
ただ、場の空気が震えていた。

この日、
朱雀の舞台に立ったすべての妃が、
自分の中の“何か”が敗北を悟った。
最上の舞を奉納したのは雪蘭。
それは技巧でも、華やかさでもない。
神が、誰に微笑んだかという違いだった。